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自転車の遠ざかっていく回転音が、隙間風にのって微かに聞こえる。 「・・・全く、勝手にしてくれ・・・」 純は心底ため息を吐きながら、再び寝床に潜った。しかし、目は冴えてしまう。 時は金なり。こっちは青臭い小僧の恋愛劇に付き合ってる暇などないというに、 愛だ恋だを理由にすれば人殺しもまかり通ると思ってやがる青春野郎の迷惑このうえない。 しかしああいった男子に発情する女子がいるんだから、それもまた始末が悪い。 それが妹ときた日には・・・いやそれは構わんが、そのライバルが湯浅比呂美だったことがまた不幸。 気がつけば過ぎたことにネチネチと執着している浅ましい自分がいる。 「つくづく・・・振り回されるな・・・」 どうにも男の生理ってのは身勝手なもので、たかだか数回(数は忘れたが)体を重ねただけで、傲慢な独占欲が沸いてくるらしい。 別に桃色の思い出などなかった。らしく恋人ごっこをして、お決まりの修羅場でお別れするまで、 せいぜいお互い楽しみましょうってつもりだったんだが・・・あの女め。 「お兄ちゃん・・・起きてる?」 気がつけば乃絵が枕元まで来て、暗闇からそっと見つめていた。表情はよく分からないが、枕を抱えているらしい。 それにしてもよくよく見下ろすのがすきだな。ご褒美は縞パンツ鑑賞券でひとつ。 「ん、あぁ・・・よかったのか?行かせて」 問いに答える代わり、ノソノソと布団に潜り込んでくる。別にいちいち了解もとらないし、こっちも聞かない。 どうせ、聞く子でもないしな。 「眞一郎は大丈夫かな?」 責めるような響きはない。だから、一層バツが悪くなってしまう。 「ごめんな」 クスッ 乃絵が笑ったのが伝わる。そうして、そのまま体温がはっきり分かるほどに身を寄せてきた。 心の奥から温もりが溢れてくるのが分かる。幸せになってほしい誰かが傍でそうなるほど嬉しいこともない。 今それが見つからないアイツの苦しみは察して余りある、か。 「眞一郎もそう言ってた、ごめんなって」 マジかよ・・・前言撤回 「俺のほうが気持ちがこもってる」 また笑った。しかし今度はうれしくないね。ちっともうれしくない。 「お兄ちゃんと眞一郎似てる」 あー勘弁してくれ。 「・・・一番いわれたくないことを一番いわれたくない相手からいわれたんだが」 「うん!」 乃絵がオレを抱き枕のようにギュっと抱え、肩にフニフニと頬をすり寄せてくる。 つくづく乃絵には勝てん。・・・し、しかし、しかしこれは我慢の・・・・・・ 「限界だぁ!」 「えっ・・・キャ!」 体を転がして腰に圧し掛かると、馬乗りになって膝で腕を押さえ、上半身をガッチリ拘束してしまう。 「いけない妹にはお兄ちゃんがお仕置きしないとな・・・さ~て、今夜は何が、い・い・か・な?」 トラウマスイッチが発動した乃絵は、四肢をガクガクと震わせ、目に一杯の涙を溜めながら、 カチカチとカスタネットのように鳴る歯で懸命に許しを懇願する。 「お、おおにいちゃ、んん、や・・や、やめて・・・お、おねがい・・・」 しかし一度怯えた獲物に、容赦する獣はいない。むしろその味を甘美にするだけだ。 「では──そのかわいい悲鳴をたっぷりと・・・」 乃絵は拷問台に運ばれる囚人のように、或いは今にも水に沈まん鳥のように必死でもがくが、現実は逃走をよしとしない。 「聞かせてもらうぞぉぉぉー!!!」 そして勢いよく、乃絵の胸のボタンを引きちぎった。 「やめてぇー!!!」 「キャー!助けてー!H!チカン!キンシンソウカン!オカサレルー!」 乃絵がギャーギャーと泣き喚きながら笑い転げる。それでも逃げようとジッタンバッタン暴れ、わけもわからない呪詛を撒き散らす。 だが、四十八の乃絵拷問技がひとつ「純のくすぐり技・クライマックスバージョン」にかかっては何もかもがただ空しい。 しかし、うっかり人に見られたら通報間違いなしのスキンシップだな。 嗚呼、仲良きことは罪深きかな。 ──大気圏軌道上、各国の探査衛星の綿密な監視にもかからず、一機の宇宙船が停泊していた。 怪奇な外装とは裏腹に、船内は広く快適で、地球の文明を遥かに凌駕した科学によって維持されていた。 その中で跋扈し各々の作業に従事する獣たちの模様。 あるものはせはしなく船内の状態をチェックし、あるものは戦利品を丹念に磨き至福のときを過ごす。 頑強な室内で過酷な鍛錬に励むものや、精密な武器のメンテナンスに熱中するものもいる。 そのうちの一体、こと観察を好み、研究に熱心なとある個体が、地上で精を出す仲間の情報に注意を引かれた。 モニターにその地形、敵の数、規模、健康状態などが詳細に映し出される。 情勢はかなり危うく、現地の戦闘部隊に強襲され、その物量作戦に押されつつある。 いや、肉体の消耗と比すれば、いずれ倒れるのは必至というべきか。 だが、たとえ仲間の窮地であろうと彼らの文明には助けたりするという考えはない。 不意の攻撃であれ、一度狩り場に出たものは一個の戦士であり、 その崇高な精神は、与えられた武器と肉体によってのみ守りぬくことこそ誇りとするのだ。 途中で力尽きようと、果敢に闘ったのなら、その勇猛は永久に継がれるだろう。 外から助力を与えることは、彼らの文化、歴史、矜持、何よりその者に対する冒涜だ。 何より予期せぬ試練を超え、勝利を成してこそ地位と栄誉、そこに見合う尊敬と得られる。 敗れたものは己の責任で全てを滅すのが最後の務めであり、 仲間にできるのは完遂できなかったとき、それを代わることだけだ。 「・・・・・・・・・ォォォ」 誰かが呼んでいる。その叫びはずっと遠くからにも聞こえたし、ほんのすぐ近くにも思えた。 ただ確かなのは空耳や幻聴の類ではなく、確かに存在を感じたことだ。 「ォォォォォォォォォオ・・・」 飛行機がずっと遠くから近づくように、何か巨大な圧力がそこいら全体から被さってくる。 と同時に、急速に周囲の感覚が鮮明になり、ぼやけていた輪郭がクッキリと浮かんできた。 「オオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!!」 「はっ!」 混濁していた湯浅比呂美の意識が現実に引き戻された。腹に銃弾を受けたあと、ショックで気絶していたのだ。 「んんっ・・・」 手足に力を送り、感覚を確かめる。どこも異常はない。 何時間も眠っていたように思っていたが、気を失っていたのはほんの数秒、いや一瞬だったらしい。 「まだ生きてる・・・」 言い聞かせるように呟くと、辺りを見回す。ここはレイプ男たちの乗ってきたバンの運転席だ。 後部座席は彼女が荒らしたせいで、けっこうな惨事だが、こちらは綺麗に片付いている。 フロントガラスにひびが入っていて、そこから弾が来たのかと思ったが、さっき自分で蹴り上げたものと気付くと可笑しくなった。 「・・・さて、と」 一息ついたのが良かったか、冷静を取り戻した比呂美は、引き出しや鞄を漁り、使えそうなものを探す。 流石というべきか、物騒なものを沢山所持していたようで、手当てに困ることはなかった。 封の開けていないブランデーを傷口にかけ、ホッチキスで周辺の皮を閉じると、ガムテープで腹をグルグル巻きにして、 ロープできつく縛る。学園の才女にしてはお粗末な治療だ。 「ここにいると助からないわね」 自分を巻き込んだ巨大な怪物はきっとあの瓦礫の城の中で、外から来る兵隊をどうにかしているんだろう。 もう一度よく周囲を伺うと、空にはヘリが飛び交い、あちこちの道路にも壁のように建設用の車両が並んで、道を封鎖している。 とはいえ、それらも安全でないようで時折打ちあがるプラズマキャノンが火の玉に変えてしまう。 変幻自在のプレデターは時折、幽霊のように遠くまで現れては、殺戮をたっぷりとして、 警戒網が集まると、盾と罠を込めた塹壕に戻って待ち伏せ追っ手も砕く。 そうしてどうにか、敵の猛攻をやり過ごしていたが、幾重にも敷かれた警戒線を突破するまでには至っていなかった。 しかし、これだけ監視の目が注いでるにも関わらず、比呂美が無視されてるのは幸いだった。 ユタニ軍はプレデターの動きを逃すまいと躍起になっているので、民間人の少女など眼中にないのだ。 「どうしようか」 できればここでやり過ごしたかったが、一刻も早く適切な治療を受けねばいずれ危うい。 とはいえ、この車でユタニの敷いた非常線を突破するのは、映画のヒーローでもなければ無理だ。 彼らに保護してもらう、と以前なら真っ先に考えただろうが、そんな甘い発想はさっきぶっ飛んだ。 彼らは明らかに自衛隊とか、警察とか、一応まともで公な身分のある連中ではない。いってみればワルモノだ。 宇宙人の大捕り者に立ち会ったか弱い目撃者を、親切に生かして帰すとは思えない。 とにかく憶測で悩んでいる暇もないが、こんな時だからこそ、1%でも生存の近い道を探すべきだ。 「・・・助けが必要ね」 しかしさっき脱いだ自分の服から見つけた携帯電話も、圏外の一点張りだった。死体のレイプ犯たちのも同様だ。 「孤立無援・・・四面楚歌・・・」 頭を抱える比呂美。絶望する余裕もないが、途方に暮れて仕舞うのも止められない。 ふと黒い鶏のことを思い出す。雷轟丸と地べた。たしか飛ぼうとして狸喰われたとかで自分が墓を立てたアレだ。 本来、亡くなった両親を想って天に救いを請うのがベタだが、死人が役に立たないことはよく分かっている。 それより、あの2羽のうち、どうして片方だけ助かったのかがヒントになる気がする。 たとえば、狸はきっと今自分を囲んでいる軍隊。雷轟丸が凶暴な怪物で、か弱い少女は真っ白な地べたか。 いや待て、それは安直な置き換えだ。発想はもっと別にある。 狸にとって2匹とも餌だったのになぜ活発な雷轟丸を選んだか、である。 適当に一匹食べて結果的に一方が救われだけか? 黒い羽がおいしく見えたり、暴れたりするのが嗜虐心をそそったからか? 「違う」 人間の発想は捨てろ。狸にとってあれは給食や遊びではなく、狩りなのだ。 鶏にも硬い嘴や爪があり、油断すれば目を抉られる。万一にも負けられぬ真剣勝負であり、油断の入る余地はない。 そういえば自分もついさっき狩りをしたといえる。怪物も今狩りをしているのか。兵隊たちも怪物を狩ろうと必死だ。 ただ今、自分は興味を注がれていないだけで、視野に入ればたちまち引き裂かれるだろう。 「弱いから死んでいく?・・・」 単純な真理、いやそれが本当であるほど、多くが傷つく故、隠された公然の理。 しかし、その優しい幻想に大勢が憑かれ、明白な事実さえ歪んで見ていることに気付かない。 狸は雷轟丸が地べたより容易だと見た。だから喰ったのだ。 平生の振る舞いがどうあれ、どちらが強かったかなど火をみるより明らかだった。 無論ときには臆病も知恵だ。返せば、敢えて死地に向かったほうが助かることもある。 虎に囲まれている今は、虎の穴をくぐるときなのだ。 「私も飛ぶ。飛んだふりも、飛んだ真似も、飛べる理由もいらない。飛ぶだけ」 シートベルトを締め、ハンドルを握る。 生存を勝利とするなら、この場合強さや武器はそれを決定しない。いかにその状況を動かすかだ。 比呂美はキーを回して、今一度勝負に出た。 「まだ好きなの?」 普段着に着替え、運動靴の紐を締めなおす純に乃絵が尋ねる。 「・・・いや。心配なだけさ」 眞一郎には毒づいたが、真夜中に比呂美の行方が知れないと聞けば、やはり穏やかでいられないのが 石動純の性質であったし、そうさせてしまうのが湯浅比呂美のトラブルメーカーぶりだった。 「まぁ見つかったらお礼に一発くらいさせてもらってくる。だから待ってないで寝るんだぞ」 若干期待を込めた冗談で、不安にさせないよう気遣う。 妹も一緒に行くと言い出したが、行方不明が二人になっては困ると押し留めたばかりだ。 「うん!眞一郎に先越されないようにね」 乃絵も満面の笑顔で答える。少々手厳しい返しにしばし唖然とする純。 「・・・ま、まぁじゃあそーいうことだから、行ってくる」 これ以上話してると、もっと恥をかきそうなので戸をあけて夜空に向かう。と、鼻先に何か零れてくる。 「うわっ、雨かぁ・・・。乃絵、合羽持ってきてくれ」 たちまち降り注いでくる雨音を背に、一旦玄関に戻って、中を振り返る。その時、 「お兄ちゃんっ!」 「え」 乃絵が純の背後に見たのは透明な影だった。人型にも見える巨大な空間の塊が、 そこに背景を透かしたまま兄に迫ると、振り返った横っ面を丸太のような腕で打ち抜いた。 板切れのように飛んできた純にぶつかったショックで目の前が真っ白になると、乃絵の意識はさっぱり消えた。 眞一郎は‘あいちゃん’の前まで来て自転車を止める。 女ごころと秋の空、不意の気まぐれで比呂美が訪ねてやしまいかと儚い希望をもってきたが、 そんな期待を締め出すようにシャッターは閉まっている。 「・・・まぁ、当然だよな」 こんなことでいちいち落ち込むまい、と覚悟してきたのに、やはり空振りだと落ち込んでしまう。 おまけに追い討ちをかけるように雨まで降ってくる始末。 さっさと気を切り替えようとペダルを踏みしめたとき、なにか耳にひっかかった。 「・・・ぁ、・・・んっ・・・」 (まだ起きてるのか?) よく見れば、シャッターが完全に閉まりきらず、下からうっすら明かりが漏れている。 雨音でかき消されて、よく分からないが声はそこから聞こえてくる。 「・・・っ!んっ・・・」 隙間が狭いためよく分からないが、多分愛子の声だと思う。 今川焼きの製法を考えたことはないが、ラーメンのように仕込みが必要なのかもしれない。 (比呂美もいるかな?) 邪魔しちゃ悪いなと思ったが、少しでも手がかりがないかという期待が無礼をさせる。 シャッターをノックしようと思って、ついさっき純にのされた記憶が甦る。 近所迷惑になるかと思い、こっそり裏口に回ってみる。幸いか、鍵が開いていたので、こっそりと入ってみた。 (うぅ・・・。やっぱし辞めようかな・・・) 普段よく往来している店なのに、‘無断‘という一字が加わっただけで見知らぬ土地のように思える。 切れ掛かった吊り橋を渡るような慎重さで、おっかなびっくり明かりの出る厨房を目指す。 「もっと・・・頑張って・・・あんっ」 どうやら誰かと一緒のようだ。これは意外と期待してもいいのか。 (お、見つけたぞ) おっかなびっくりこっそりと厨房にかかるドアの隙間から中を覗く。 「・・・・・・っっ!!!」 愛子と談笑する比呂美を予想していたものの、その光景に眞一郎は固まってしまった。 比呂美を乗せた黒いバンが、プレデターの作った塹壕に走る。 柔らかい塊を潰す感触がハンドルに伝わってきたが、その正体が何かは考えないよう集中する。 「えっと、ウィンカー・・・ウィンカー・・・」 急にバケツをひっくり返したような土砂降りの雨が降ってきて、たちまち視界が溺れてしまう。 ガタガタと車体は跳ねどこに進んでいるかも分からない。 ガツンッ 「キャアァ!!」 一瞬、フロントから目を離した隙に、アスファルトが捲れ上がった段差に乗り上げて、車体が上下し、 その勢いで打ち捨てられた装甲車に側面が弾きかえる。 「~~~~~~~っっ!!!」 衝撃が反発してバンはクルクルと回転し、そこいら中の瓦礫を擦って火花を散らした末にヘリの残骸に激突して ようやく止まった。 「あつつっ・・・あ、あれ?」 ドアがグニャグニャに凹んで動かない。仕方ないので、窓から落ちるようにして這い出た。 「なんだかもう、何が起きても驚かないわ・・・」 車から降りるとシャワーのように水滴が顔を刺す。 道路を剥がして出来た水溜りは膝まで登り、それでもまだ浅瀬にいると思える深さがあった。 「ごほっ、ごほっ!」 腹の傷はなんとか止血したが、長くはもたない。もう少し眩暈が始まっている。 殺された兵隊の上等なズボンやブーツ、ジャケットを重量で動けなくならない程度に、体を冷やさないよう たっぷりと着込んだ比呂美は、ヨロヨロとプレデターの罠の巣に潜り込んだ。 「鬼が出るか蛇が出るか・・・今はどっちも可愛いわね・・・」 豪雨の反響で、よく分からないが、そこいら中から銃声や断末魔が小躍りしている。 プレデターが侵入してくる兵たちを打ち破っては、半壊したまま打ち捨ててるせいだ。 とにかくゾワゾワと這い登る不安を無視して、暗く冷たい迷路をひたすら彷徨う。 「・・・だ、だす、げ・・・で・・・」 近くから声がしたほうに目を向けると、そこに誰もいない。 「・・・変ね?」 まさか幽霊だろうか、周囲を伺うが人の影も見つからないと思った矢先その正体に気付いた。 「っ!!・・・そ、そんな!」 比呂美がさっきから壁だと思っていた瓦礫のバリケードに、人間が埋め込まれていたのだ。 手足をめちゃくちゃに砕かれ、ワイヤーでグルグルに巻きつけられたまま、呻いている。 「・・・ま、待ってて!今・・・」 比呂美は非常な人間ではない。時としてそう徹することが出来ても、目の前で無残に苦しんでいる声を聞けば 反射的に動かざるを得ないのだ。そして、 「・・・や・・・やめ・・・やめろぉおおお」 「?・・・っ!!」 比呂美の手が拘束された男の体に掛かった瞬間、その同体を突き破って先を削られた鉄鋼を飛び出てきた。 瞬時に危険を察知して身を翻したとき、足元で何かが滑って、急に地面の感覚が消失した。 「わあぁあああああっ!」 プレデターの仕掛けた罠は二段構えで、餌に近づいた獲物を貫くと同時に、 避けたものも落とし穴に飲み込むものだった。底に針の山をたっぷりと蓄えた、だ。 路上の口は、少女を飲み込むと、すっかり閉じ、また静けさを取り戻す。 そこに、雨粒が不自然な反射をして、電光が弾けると、凶暴なハンターが透明な姿で現れた。 また愚かな獲物が掛かったかと確認しに。 「・・・ん・・・んんっ・・・ん?」 乃絵が目を覚ますと自宅の居間が視野に入ってきた。ただし全てが垂直に反転して、椅子も机も天井に張り付いてる。 ようやく自分が逆さに吊るされていると気付いたのは、意識が覚醒した頃だった。 もっとも、ドレッドヘアにも見える突起を頭から伸ばした爬虫類肌の人型怪物をみたら、また気を失いたくなったが。 「ね、ねぇ。あなた、お兄ちゃんはどこ?」 全身を先住民のような装飾で固めたモンスターは、乃絵を無視して何か作業をしている。 机に機械や薬品、らしき装置をいっぱいに並べてそれらを動かしたり、混ぜたりを繰り返していた。 「ねぇちょっと。聞こえてるの?あなた宇宙人?日本語分かる?私を食べるの?」 無視されたのが腹に据えかねたのか、とにかく問い続ける乃絵。 うるさくなったのか立ち上がった怪物は彼女の眼前まで歩み寄った。 そのときようやく乃絵は、機械のような顔をしたそれが、何かマスクを被っているのだと気付く。 「お兄ちゃんをどうしたの?」 こんな物騒な真似をした輩がまともな対応をするはずがない。 だから、乃絵はまっすぐにその目(と思われる部分)を睨みつけて、問いただした。 キィイイイイイン、ピピピ 怪物が腕に備えた装置を調整すると、マスクに取り付けたライトが点滅する。 「アナタタチ兄妹ハ、協力スル。我々ニ。抵抗ハ、無意味ダ」 レコーダーが不恰好な電子音を奏でた。それでも彼女にはその意味は聞き取れた。 「お兄ちゃんにまず会わせてよ。お願いはそれから」 囚われの少女の毅然とした言葉に首を傾げつつ、頷く怪物。 「それからもー降ろして。もう頭がクラクラ、ってちょっと待っ!」 言い終わる前に輝くリストブレイドを伸ばしたかと思うや、乃絵は床に落ちた。 足を縛るワイヤーは切ってもらったが、頚椎を損傷するとこだったので、ちっとも感謝はしない。 「う~~、いったあい~っ、って待ってよ!」 モンスターは気にする素振りもなく、付いて来いと部屋を移動する。頬を膨らませて追う乃絵。 「・・・クァアアアアッッ・・・・・」 浴槽から蛇が唸るような奇声が轟いている。 あっちにも仲間がいるのか。この怪物はかなり臭うから、人の風呂にでも入ってるに違いない。 「ちょっと!あんたたちのヌードなんて見たく・・・って」 バスタブの前まで来た怪物が乃絵を促すように道を空ける。 その中には、カラスのように真っ黒な‘何か‘が機械に繋がれていた。 参考画像→ http //www.animation.art.br/3dart/venom/venom_midres.jpg 「キシャアアアアッッッ・・・」 自分を縛っていた巨大な獣よりはよっぽど人間らしい体格をしているが、頭のてっぺんからつま先まで ギラギラと黒光りし、ベットリと張り付きそうな粘液のようなもので覆われている。 一番気味悪いのは、耳まで裂けた巨大な口で、そこだけ真っ赤に染まっている。 悪魔の皮を被った人間が不気味に唸りながら、頭に電極を突き刺されて唸っていた。 それが、ふと乃絵を見つめた途端、猛烈に暴れだした。 外れたように開いた顎から突き出た牙が乃絵に掴みかからんとしたとき、プレデターが腕のスイッチを押す。 「ギッ・・・ギャアアアアアアッッッ」 泣きさけぶように真っ黒い生物が苦しみだすと、その体中から真っ黒い皮膚が粘液のように剥がれかかった。 「お兄ちゃん!」 肌を千切るようにして開いた黒い体の内側から石動純の顔が現れる。 そして、プレデターがスイッチを切ると、固いタイルにむかってバッタリと倒れ伏した。 「ぐぅ・・・ぁあ。っ乃絵・・・だ、大丈夫か・・・」 乃絵は虫の息の兄に駆け寄ると抱きしめる。こんな姿になって尚、自分を案じてくれるのか。 顎から下を真っ黒い粘液で覆われた純は、無事な妹にホッとするとプレデターを力なく睨みつけた。 「言われたことは・・・必ずオレが全部やる。だから・・・妹には、乃絵には何もさせないでくれっ!」 プレデターの闘いはその経過も終わりも各々の生き様であり、 一度それが始まってしまえば如何なる場合も決して介入しない。 「それがどうしてオレを闘わせる?」 石動邸の居間に科学者のプレデターと真っ黒い寄生体に身を包む石動純、妹の乃絵がいた。 純が自分を無理やり改造した怪物─知性に優れるこの個体をプロフェッサー(教授)と称す─に毒づく。 寄生体に埋め込まれた機能で、純は流暢にプレデターと会話ができる。 「我々がもっとも多く動く例外が、不適格な技術漏洩だ」 「なに?」 プレデターが未開の種族に知識を提供するのは珍しくない。 しかし精神や社会が未発達の生物群が、それに見合わない強力な技術を入手すれば、収拾のつかない混乱が起きる。 プレデターの備える高度な武器を渡すことは極力避けたい。 妙な話だが、この残虐で獰猛、他の命を奪うことに躊躇や呵責をまるで感じない彼らだからこそ、 その餌ともいうべき下等生物たちの総体的な保護をもう一つの務めとしていた。 「今、仲間を襲っている地上軍たちだ」 プロフェッサーが腕の機械を操作すると、立体映像で過去、そして現在の情報が示される。 「こりゃあ・・・大したもんだね」 その高度な技術と、そこに映された痛ましい惨状、両方に純は感嘆する。 「仲間の鹵獲が濃厚な今、些か不本意ではあるが、連中の徹底した駆逐を行う」 プロフェッサーが、それほど不本意でもなさそうに語る。 と同時に、彼の背後から幾人もの強靭なプレデターが、迷彩装置を解除して姿を現した。 「ひぅっ!」 黙ってプロフェッサーと純の意味不明なやり取りを眺めていた乃絵だったが、 巨大な武器を構えた彼らが兄妹をグルリと囲むにつけ、半ば怪物と化している兄に身を寄せる。 純の感覚は見ることもなく、当然として彼らを察知していたので、驚くこともない。 「こんなに応援がいて、どうしてオレも手伝わにゃならんのだ」 妹をそっと背に隠して純が問う。彼女の手が触れたとき、脳の奥で何か熱い感情が沸いたが、今は無視する。 プロフェッサーは純を包む寄生体─シンビオートと呼ばれている─が 早くも宿主の感情に同調し、強化する兆しを嗅ぎ取ったが、それはいわない。 「依頼は他にあって、それはずっと容易いことだ。成功すれば武功を称えシンビオートは進呈しよう」 「・・・っ!誰がいるか」 ほんの微かにだが、胸のそこでその提案に魅力を覚えた自分がいることを咄嗟に青年は否定した。 「もっとも、相応に命を懸けて臨んでもらう」 プロフェッサーが純の背後から乃絵を引きずり出すと、その腕に自分たち同様のガントレットを装着させる。 「いっつ!・・・離して!」 「妹は関係ないっ!」 乃絵のか細い悲鳴に激高した兄が咄嗟に掴みかかろうとする。しかし 「ずぅっ!?・・・ぎげげ・・がおっ・・・えぁあ!」 たちまち身を包む暗黒の寄生体が間接を捻じ曲げ、器官を圧迫し、神経を突き刺す。 「お兄ちゃん!?」 公害病にかかったように純の体は自ら骨を折らんばかりに歪んで、壮絶な苦悶の表情を晒す。 「ごむむむむうううっっっ!!!」 プロフェッサーがパンパンと手を鳴らすと、糸が切れたように、戒めはとけ、息も絶え絶えと青年は伏した。 「シンビオートの精神回路に、我々への服従を組んである。それにさっきの続きだが・・・」 プロフェッサーが自らのコンソールを操作すると、乃絵の腕の装置も起動し、赤い記号が点滅を始める。 「ちょっと・・・これ外れない!」 「命を懸けるとは、最も尊い存在を失う覚悟だ。妹が弾けて散るのは死ぬより辛いだろう?」 掲げた掌をグーからパーに広げて、何かが開くジェスチャーをする。彼らの言語は分からない乃絵にも その意味するところはすぐに察知できた。全く知りたくはなかったが。 「規定までに完遂できなければ彼女はドカン、というわけだ・・・HAHAHAHAHAHAHA!」 プロフェッサーが濁った声で笑うと、仲間のプレデターも続く。不気味な嗤いが闇夜に消えた。 乱交の宴が終わり、愛子が掃除をして、奥の扉を開くと項垂れている眞一郎を発見した。 「おっ?ど、どうしたのこんなとこで・・・」 眞一郎が赤く腫れた眼で彼女をギラリと見上げる。彼女の肢体に、先ほどの淫欲の影もないが その膨らんだ胸や、丸い臀部に否応なく発情する自分に腹が立つ。 「あ~・・・バレちゃったよね~・・・アハハハ」 悪戯がばれてしまった様に笑って誤魔化す。以前の彼女ならはこんな反応はしなかった。 「いつからこんな・・・いや、それより三代吉は知ってるのか?」 「うぅん。まさかぁ」 不義に胸を痛める素振りもなく、笑顔で答える愛子。それが一層、彼を不愉快にさせた。 「じゃあ、三代吉を裏切ったのか!アイツはずっと・・・ずっとぉ」 しかし彼女は眞一郎の詰まった声にも、その激情にもうろたえず、黙って受け流していた。 「はぁ・・・なんだかなぁ」 愛子がグループ・セックスにのめり込んだのは、眞一郎に振られたことが始まりだった。 三代吉は彼女を懸命に支えたが、罪悪感も手伝ってその好意をありのまま受け入れる、 というのは難しかったし、だからせめてと体も開いたが、 そこは童貞と処女のぎこちない高校生カップル、大失敗に終わった。 互いを傷つける結果にしかならず、別れるでもなく不安定な付き合いのまま煮詰まっていたとき、 「安藤さん、良かったら学園祭一緒にやらない?」 声をかけてきたのは学内のイベントを積極的に盛り上げている、校内で中心の男子グループだった。 元々面倒見もよく、客商売もこなしてる愛子は彼らと創意工夫を共にして、親交を深めていった。 また、女性の扱いに慣れている彼らは愛子に特別な感情を要求することもなく、 楽しむだけの完璧なデートを提供し、はじめて彼女は尽くされるだけの悦びを知った。 「ドキドキしないデートも楽しいかも・・・」 だからそれぞれ彼氏彼女がいることも承知していたし、学園祭大成功の喜びを噛締めた打ち上げで 盛り上がったまま、素肌の付き合いに移行したことも、本人たちには自然な流れであった。 「ねぇ、良かったらさ・・・私のとこでしない?」 店がある愛子にとって、そう自由な時間は手に入らない。 一方、万年金欠に喘ぐ学生にとってホテル代は馬鹿にならない。 両者の利害は一致して、店の売り上げに貢献することや、迷惑にならないことを条件に、夜の‘あいちゃん’ができあがった。 「愛ちゃん、最近元気になったね」 三代吉との仲も回復して、事態は良好に進んでいる。 遊びの付き合いはどうせ卒業までだし、三代吉に話す気もなければ浮気という感情もなかった。 「それでいいのかよ」 一応の筋は通ってるかもしれないが、恋愛に対する軽薄な観方が納得できない。 どうしたってそれは、周りの好意を騙しているんじゃないのか? 三代吉はもちろん、件の彼らだって彼女に本気で恋するかもしれないのに、だ。 「そんな・・・大袈裟じゃない?こんなの、やってる子達はみんなやってるんだから」 ‘みんな’・・・愛子が何の気なしに混ぜた単語のひとつが眞一郎の胸を突き刺す。 「そんなこと、だと?じゃあ・・・ひ、比呂美も、してるってのかよ!?そんなことだってんなら!」 「比呂美?」 何故湯浅比呂美の名が出てくるか分からないが、清楚な彼女と比較して まるで自分を貶める表現に憤りを覚えた愛子は、ちょっと意地悪をする。 「ん~、これは内緒なんだけどぉ・・・噂はぁ、聞くかなぁ」 「!・・・っっう、嘘だ!」 そのあからさまなうろたえ様が可笑しくて、もう少し追い詰めたくなってしまう。 「でも真面目で人気者の子が実は、って多いんだよねぇ。やっぱりモテるんでしょ彼女?」 「それは・・・そうだけど・・・」 モテないわけがない。自分にとってだけでなく、彼女はとても魅力的なのだから。 バスケの選手として他校の生徒からも注目されているのだ。例えば・・・石動純とか。 その瞳に揺らぐ不安を見た愛子は、ますますからかいたくなってしまう。 「こーいっちゃうと可哀相だけど・・・やっぱり女の子的に童貞って頼りないっていうか・・・」 「・・・・・・もういい」 降参を聞こえない振りをして追い討ちをかける。実際は全く根拠に欠けた話だが、思春期の少年にとって 経験豊富な女子、しかもいままで理解していたと思っていた幼馴染みの言葉は、天啓のように突き刺さる。 「正直いっちゃえば、ずるい生き物なんだよ女って。イケメンで勉強やスポーツもできて、人気があって・・・のがいいじゃない? 男子からいっても比呂美はそうなんだしさ。まして彼女だったそれこそ不自由しないっていうか・・・」 「もういいっ!!」 つづく
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true MAMAN特別編・こんな想い出もいいよね~序章~ 「やっぱり阿蘇山かな」 「えぇー定番過ぎない?」 「な、この菊池渓谷ってのはどうだ?紅葉の名所らしいぜ」 「よく見なさいよ。九州じゃまだ見ごろには早いわよ」 「ちょっと遠いけど球泉洞がいいな。洞窟って神秘的な響きじゃない」 眞一郎、朋与、三代吉、あさみ、そして比呂美の5人は、修学旅行の自由行動のコースを検討していた。 「熊本城から水前寺公園。これが一番無難だよなあ」 「うわっド定番」 「なぁんか8割以上はこのコースにしてそう」 「自由行動なのに団体行動にしか見えないみたいな・・・・」 「でも、定番になるだけあって一番充実してると思うよ。市外に出るよりも見学時間が長く取れるのもいいと思う」 結局、眞一郎の提案に比呂美が賛成し、反対意見を出すものもなしというところで話がまとまり、その他の行動予定を 書き込んで提出した。まず却下される事はない。 「――市外コースにしておけば途中であたし達と別れて行動しても見つかりにくいのに、真面目ねぇ」 部活終り、ロッカールームで着替えながら朋与が話しかけてきた。 「別行動とる意味なんてないじゃない」 「またまたー。仲上君と二人だけになりたいくせに」 「私は、そんな・・・・」 「協力するわよ~ん」 「朋与、ニヤケすぎ」 「たまには知らない町の知らない場所で、2人は激しく燃え上がり、その情熱はさながら血の池地獄の如く――」 「血の池地獄は大分県よ」 「あ?そうだっけ?」 もう、と笑いながら、比呂美も想像していた。 富山とは全く違う街並みを眞一郎と2人で歩く。やがて2人は夕陽を見つめながらお互いの愛を――。 自分の妄想のばかばかしさに噴き出した。いくらなんでも幻想求めすぎだ。 でも、もしかしたら。 もしかしたら眞一郎君も同じことを考えているかもしれない。そうしたらそんなデートもできるかもしれない。修学旅行でも 付き合い始めて最初の旅行だ。なにか特別な想い出を期待したっていい。 比呂美は改めて、この旅行を楽しみだと思った 続く
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学校が終わり、眞一郎と比呂美は二人で帰路に着いていた。 比呂美はごく自然に腕を眞一郎に絡めている。 「いよう、若夫婦。今日も仲いいねえ」 道往く人の冷やかしも気にならなくなった。慣れというのは凄いものだ。 「ねえ眞一郎くん、このまま夕飯のおかず買いに寄っていい?」 「もちろん、今日は何にするんだ?」 「ううん、と。とりあえず店で安いもの確認してから決める」 二人は市内のスーパーに入る。 カートを取り、カゴを乗せる。 比呂美は、このスーパーで2人でする買い物が大好きだった。 デートのような特別な事はなく、あまりにも日常な行為。それを2人で一緒にできると 言うのが嬉しい。 比呂美と眞一郎は、個人的には不安や悩みを抱えていたものの、それも2人でいる間 は些細な問題に思えた。世界の全てと言ってもいい互いが、自分の隣で夕食の買い物 をしている。その事実の前に不安も問題も霧消した。 「あ、今日お茄子が安い」 「茄子ぅ~?人間の食いもんじゃねえよそれ」 「馬鹿みたい。何わけわかんないこと言ってるの?」 「なんとでも言え。苦手なものは苦手だ」 「大丈夫、大丈夫。比呂美さんに任せなさい」 偉そうに胸を張って請合う。理恵子から茄子の調理法は直伝済みだ。 「・・・・一応、茄子の入らない料理も作ってくれよ?」 眞一郎がややふてくされたように言った。 「うん」 こんなたわいない会話が楽しい。朋与が「新婚の楽しみがなくなる」と呆れる2人の関 係だった。 買い物を終え、店を出ると、2人は熱帯魚屋に立ち寄った。 眞一郎は最近、絵本のモチーフに動物を好み、しかも基本的に写実的な画風なので 実際の動物を数多く見ることは眞一郎の表現の幅を広げるために必要である。 「熱帯魚飼おうかなあ」 比呂美がなにげなくそう言うと、 「結構面倒らしいぞ?ウサギの方が楽なんじゃないか?」 「爬虫類もいいかもね」 眞一郎は、比呂美の部屋のロフトにカメレオンがしがみついている図を想像した。頭 を振って映像を消し去る。 「さて、と。それじゃ――」 「ね、眞一郎くん、これ見て」 比呂美に呼ばれ、眞一郎が比呂美の見ている水槽に行く。 水槽の中では灰がかったピンクの、店の中では大ぶりな魚が2匹、向かい合って頭 をくっつけていた。 「キッシンググラミーよ。私初めて見た」 「キッシンググラミー?」 眞一郎は水槽の上のPOPを見る。なるほどキッシンググラミーと書いてあった。それ 以外に解説は一切書いていない。 (ま、水族館じゃないからな) 眞一郎は前からこの魚を知っているらしい比呂美に訊く事にした。 「この魚、有名なのか?」 「有名ってほどではないかもしれないけど、何年か前の映画に出てきてロマンチックな 使われ方してたから」 「へえー」 「夫婦で暮らしていて、パートナーが死んだり、引き離されたりすると、悲しくてもう一方 も死んじゃうんだって」 「本当に?」 「私も小さい頃に見ただけだし、本当のところはわからないけど、でも、凄く切なくて、 素敵な話じゃない?」 眞一郎は改めて水槽の魚を見る。言われてみれば、頭をぴったりとくっつけた姿は恋人 同士がキスをしている姿に見えなくもない。 「それでキッシンググラミーか・・・・」 眞一郎は納得した。そして、これは絵本のテーマとしても使えそうな気がした。一方が 死ぬともう一方も生きていけないほどの絆は、普遍的なテーマとして使える。 「うん、いいものが書けそうだ」 眞一郎が立ち上がった。 「何か、思い浮かんだの?」 比呂美も立ち上がって訊ねる。 「ちょっとね。いいヒント貰えた。サンキュ」 眞一郎のこういう表情は大好きだ。比呂美も嬉しくてつい笑顔になる。 「うん」 2人は手をつないでアパートまで帰った。 「受験勉強は、進んでいるのか?」 ひろしが比呂美に訊いた。 比呂美はこのところ、夕食を仲上家で食べる事が多くなっている。 「お料理の後片付けの時間も馬鹿にならないでしょう?」 と、勉強時間が減る事を気にした理恵子が自分達と食べる事を提案したのだ。 比呂美としては自分で作る手間が省け、かつ美味しい料理が只で食べられるのだか ら異存などある筈もないが、運動をやめた身体には少しカロリーが心配だった・・・・。 「はい、おかげさまで」 比呂美が返事を返す。 「志望は経営学、だったな。この前の模試の判定は、どうだった?」 「なんとかAに入りました」 「そうか。あとは、眞一郎が受かるかどうか、か」 そう。比呂美の志望は何よりもまず「眞一郎と一緒に居られる事」である。比呂美が受 かって、眞一郎が不合格などということになったら目も当てられない。 「でも、眞一郎くんも頑張ってますから」 比呂美が苦笑しながら弁護する。 「その頑張ってる眞ちゃんは、今何やってるのかしら?」 後片付けを終えた理恵子が居間に入ってくる。 眞一郎は食事を済ませると、自室に戻ってしまっていた。 「まだ、絵本も描いているようだな」 「もう受験に専念しなければいけないでしょうに、編集の人に言われたとかで・・・・」 「まあ、向こうから言ってくるという事は、期待もされてるという事か」 眞一郎は、作中の登場人物を人から動物に切り替えてから、出版社の評価が上昇し ているようだった。母親向けの育児雑誌などに掲載されたこともあり、このまま行けば思っ たより早く作品を世に出せるかもしれない。 「それはそうなんでしょうけど・・・・大丈夫なのかしら。よくはわからないけれど、受験 で受かる絵というのは、絵本の絵とは違うのでしょう?」 「あまり、私も詳しくは知らないんですが・・・・」 そんな話はしていた。 「眞一郎も、考えなしでやってるわけじゃ、ないだろう。比呂美を困らせる事は、しないさ」 今度はひろしが弁護に入る。発言者自身が、その言葉を信じているのか、少々疑問 ではあったが。 「それじゃ、悪いけど比呂美ちゃん、あの子呼んできてくれないかしら?メロンいただい たから、みんなで食べましょう」 「はい」 階段を登り、眞一郎の部屋の前へ。かつては巨大な障壁に見えた引き戸も、今はた だのふすまだ。 「眞一郎くん?おばさんが下でメロン食べようって――きゃ!?」 比呂美が思わず声を上げたのも無理はない。眞一郎は居眠りしたまま机どころか椅子 からも転げ落ち、極めて不自然な体勢でそれでも目を覚まさず眠りこけていたのである。 「もう、なんて寝相なの」 寝相の悪さはとっくに知っていたが、それでもこれほどの豪快さを見ると思わず笑って しまう。 比呂美は机の上を見てみた。眞一郎は受験勉強ではなく絵本を描いていたらしい。 まだラフスケッチの段階だが、魚が2匹泳いでいる絵のようだ。 「キッシンググラミー・・・・」 この前買い物帰りに見た熱帯魚を描いているのだろうか。出来上がったら見せて欲し いな、と比呂美は思った。 とにかく今は眞一郎を起さなくては。比呂美は屈んで眞一郎の耳元で声をかける。 「眞一郎くん、起きて。眞一郎くん――きゃ!?」 また比呂美が声を上げた。寝ぼけた眞一郎が比呂美に腕を伸ばし、抱えるように引き 込んだのである。目の前10センチほどの距離で、眞一郎の寝顔と相対した。 「・・・・・・・・」 改めて眞一郎の寝顔を見つめる。電気が点いた部屋で見る寝顔は、暗がりで見るの とはまた違った照れくささがある。 「・・・・・・・・比呂美・・・・」 眞一郎が寝言で比呂美の名を呼ぶ。 「・・・・ここにいるよ。眞一郎くん」 比呂美が返事をする。眞一郎の寝顔が安心したように緩んだ。 「比呂美ちゃん?眞ちゃんはどうし――」 なかなか降りてこない2人を呼びに来た理恵子が、部屋を覗いた。理恵子は軽く微笑 むと、何も言わず、畳の上で寝息を立てる2人の上に、布団を掛けた。 了 ノート 比呂美が見た映画は、韓国映画の「シュリ(1999)」です。 キッシンググラミー(映画の中ではキッシングラミー)については比呂美が語った通りですが、これはドラマツルギー上のフィクションで、実際はそんなおしどりエピソードはないそうです。 本文中にあるキスの仕草も、実は雄同士が縄張り争いでデコくっつけてメンチ切りあってるようなものだそうで・・・・。でも、いかにも眞一郎が絵本の題材に選びそうでしょw 眞一郎が絵本を動物主体に切り替えたのは乃えに会って、雷轟丸と地べたの物語を描いてからです。乃絵が眞一郎に遺したものです
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家に帰ると比呂美はすぐ仕事に駆り出された。 眞一郎としては特にすることもないので、とりあえず今日の小テストの復習をすることにした。 しかし、ものの5分も机に向かっただけで早速壁にぶつかってしまう。 教科書を広げ自分なりに奮戦してみるが、理解できないことのほうが多かった。 (答え合わせ聞いとけばよかった…) 今となっては後の祭りなのだが、自業自得だから仕方ない。 (後で比呂美に教わるか……) 何度も思うが人頼みなのが(それも自分の彼女に)なのがなんとも情けない。 眞一郎は自己嫌悪のため息をつくと、シャーペンをノートの上に投げ出し、肘をついた二の腕に頭をのせて机に突っ伏した。 視線の先には、寄せておいたスケッチブックや色鉛筆と一緒に一枚のA4用紙があった。 『今回は残念ながら、不採用になりました。』 いつぞやの不採用通知と全く同じコピー品。 それが、“雷轟丸と地べたの物語”に下された評価だった。 あれから眞一郎はもう一度“雷轟丸と地べたの物語”を描き直した。 この話は乃絵のために描いた、乃絵に捧げた絵本。 お互いが新しく一歩を踏み出すきっかけになった大切な思い出の品だ。 それを他の人に見せるのは乃絵に申し訳ない気持ちもあったのだが、どうしても他の人の意見も知りたかった。 間違いなく現時点での、自分に出来うることの全てを注ぎ込んだものに違いなかったからだ。 それだけに期待も大きかった。 いい知らせが来ると信じていた。 だから、結果を知ったときには愕然たる思いだった。 絵本作家になりたい。 そうやって生活できたらどれだけ幸せだろう。 同時に思う。 自分は絵本作家になれるのだろうか? なれるだけの実力が、才能があるのだろうか? 夢を追い続けるのは悪いとは思わない。 ただ、いつまで追い続けてゆけるのだろう? 大人になって、社会人になったときに、夢だけ追い続けるわけにはいかないだろう。 何年、何十年経って、夢を叶えられなかったときに、比呂美は側にいてくれるのだろうか? (……また同じこと考えてた) そう、最近は一人になるとこんなことばかり考えている。 言い訳をすれば、今回のテストもそのせいで集中できていなかった。 不安な将来ばかりが付きまとい、絵本に関してもずっとスランプで、アイディアはあってもいざ筆を取るとそこから形にすることが出来ないでいた。 こんな挫折を味合うのは別に初めてじゃない。 ただ、今までとは環境が変わってしまった。 眞一郎が立ち上がって窓の外を見ると、ちょうど父親が酒蔵に入って行くところだった。 そしてそのまま、色々なことを思い巡らせては酒蔵を見つめ続けていた。 ──── 眞一郎は酒蔵の入り口に立って建物を見上げた。 思えばここに来ることは無意識に避けていたような気がする。 敷地内の半分以上を占めるこの酒蔵は、自分が苦手とする父親の象徴そのものでもあった。 しかし、その父親と同じように麦端踊りの花形を勤め上げ評価されたことに、わずかでも自信がついた今は、敷居をまたぐことに気後れは薄れていた。 中に入ると、奥の方に何かの装置を覗き込む啓冶の姿が見えた。 酒屋の息子として、製造過程くらいは一通りわかるが、その間の細かい作業までは知らない。いや、知ろうとしてこなかったというのが正しいかもしれない。 何か声をかけようと思うのだが、気の利いた言葉が思い浮かばない。この辺はまだまだなのかなと眞一郎は自嘲した。 「どうした?」 そんな眞一郎に気付いた啓冶の方が声をかけた。 「ん……勉強してたんだけど、気分転換にちょっと」 「それにしてはめずらしいな」 寡黙な父親が少し笑ったように見えたのは眞一郎の気のせいだろうか? 少し休憩するかと、啓冶はどこからか缶ジュース持ってきて眞一郎に渡すと、比呂美に一人暮らしがしたいと告げられたあの階段に二人で座った。 普段から必要以上の会話のない二人なだけにしばらく沈黙が続いていたが、意を決して眞一郎から話しかける。 「親父はさ、何か他にやりたいこと……って言うか、なりたいものとかあった?」 啓冶は少し考え込み、 「……そうだな、警察官だとか野球選手とか。小学生が文集に書くような漠然としたものだがな」 「俺くらいの頃は?」 「その頃にはここを継ぐことを考えてたな」 「そっか……」 ジュースを一口飲む啓冶に対し、眞一郎は缶を両手で握ったまま視線を落とす。 広い空間なだけに、二人が黙ってしまうととても静かに感じる。 父親と二人きりという状況も相まって、眞一郎は手足が固まってしまうような微妙な緊張感が身体を支配するのを感じた。 それでも、これを振り払わなければもう一歩踏み出せないのも分かっている。 「俺……今のままでいいのかなって……やっぱりここを継ぐべきじゃないかな……?」 仲上の家に生まれてきたのなら酒蔵を継がなくてはいけないのかもしれない。 ただ他にやりたいことがあった。それだけのことだ。 だから、今まで啓冶に対して酒蔵のことを自分から口にすることは無かった。 それだけに、眞一郎は勇気を振り絞ったつもりだった。 (……これでいいんだ) 自分を納得させるように心で呟く眞一郎。 だが、啓冶は眞一郎の心理を見抜いて言い放った。 「逃げるなよ」 「え?……」 「お前がここを継いでくれるというのは素直に嬉しい。少なくともこの仕事を認めてくれたということだからな。 ただ、逃げ場として選ぶのは止めろ。それはお前のためにならない」 「……………………」 眞一郎は黙り込むしかなかった。 絵本作家になりたい。だがその保障は無い。 酒蔵を継げば少なくとも絵本作家よりは将来は保障される。 安易な考えと言われればそれまでかもしれないが、 それが自分以外の誰かを幸せに出来る最良の方法だと眞一郎が出した答えだった。 『それはお前のためにならない』 ならば、自分の幸せは、夢へのこの想いはどうなるのか? 自分でもわかっている。今の気持ちのまま酒蔵を選べば少なからず後悔することを。 それでも、酒蔵を継いでもいいという思いも決して半端な気持ちじゃない。 そうじゃなかったらこうして父親に告げたりしない。 (……どうするのがいいんだよ) 天秤の秤がいったりきたりと眞一郎を悩ませる。 そんなふうに悩む息子の姿を、啓冶はどこか嬉しくも思った。 「守るものがあるのと、大変か?」 「え……?」 啓冶が少し笑う。 『守るもの』が何を指すのか分かりやす過ぎて、眞一郎は赤くなる。 「ここを継ぐことを俺は強要したくない。お前にはお前の夢があるだろう。 だからお前はやりたいことをやればいい。 俺にはそういうものがなかった。……少し羨ましくも思うよ」 「親父……」 酒蔵を継いだときのことを思い返すように啓冶は遠い目をする。 「ちゃんと向き合い自分で出した答えなら、どちらを選んでも、俺も母さんもそれを後押しする。 親が出来ることはそれだけだ」 「………………」 眞一郎は目を伏せる。油断すると涙がこぼれそうだったから。 「何も今すぐ決めなくてはいけないわけじゃない。卒業するまで時間はある。 こういうのは何かのきっかけで答えが出るもんだ。 その時まで、焦らずにじっくり悩め」 そう言って啓冶は「休憩は終わりだ」と立ち上がる。 「そういえば──」 仕事へ戻りかけた啓冶がふと振り返る。 「絵本はどうなった? あれからだいぶ経つが」 「あ……」 確かに絵本を見せると口約束していたことを眞一郎は思い出す。 決して忘れていたわけじゃないが、あの一件以降、比呂美にばかり気が向いて後回しにしてしまっていた。 そもそも、あの時 描き上げた絵本は乃絵にあげてしまったし、描き直したものも出版社に送ってしまって手元に無い。 「あの時のは……人にあげちゃって。その子のために描いたものだったから……ごめん、今は無い」 「……そうか」 啓冶は少し残念そうな顔を見せたが、 「喜んでもらえたのか?」 「え?──」 「その子のために描いたんだろう? 絵本、喜んでもらえたのか?」 「……………………」 どうだったのだろうか? あの時 乃絵はどんな想いで読んでいたのだろうか? 決別の証になってしまった絵本。 比呂美が好きだと分かっていて、彼女はそれを受け入れてくれた。 振り返らずに、前を向いて歩いてくれた。 自分勝手な、都合のいい受け取り方かもしれない。 『それでも眞一郎が『飛べる』って信じてくれたから今の私があるの』 その言葉を、応えだと信じたい。 「……たぶん」 「そうか……よかったな」 そうだった。 乃絵のために描いたのだから、乃絵が受け取ってくれたのならそれでよかったのだ。 万人に評価されることを期待する必要など、まして評価されなかったことを悔やむ必要など無い。 あの絵本にはちゃんと価値があった。 無駄じゃなかった。 「…………うん」 眞一郎は心にかかった霧が少し晴れるのを感じた。 ──── その頃 比呂美は、台所で晩御飯の仕度をしていた理恵子へ、仕事を終えた報告をしに来ていた。 「頼まれてた分、終わりました」 「ご苦労様。悪いんだけど、今度はこっちお願いしていいかしら? 洗濯物片付いてないのよ」 「はい。分かりました。あ、カレーですか?」 理恵子の隣に立ち、煮込まれている鍋の中身を覗き込む。 「そうよ。後はルーを入れるだけだから。たくさん作ったから今日はあなたも食べていきなさい」 「はい、ありがとうございます」 眞一郎と父親の空気が以前より和らいだように、比呂美と理恵子の間柄もだいぶ和やかになってきていた。 それでも比呂美にとって理恵子はあらゆる意味で特別な人で、彼女と二人でいるときはいつでもわずかな緊張感があった。 「そういえば、あの話はどうなったのかしら?」 つけていたエプロンを外し、比呂美に渡しながら理恵子が尋ねた。 「あの話……ですか?」 なんの事かすぐには思いつかず、比呂美は小首をかしげる。 「アルバイトの件よ」 新学期になった頃、理恵子との会話の合間に「アルバイトしようと思ってるんです」と漏らしたことがあったのを比呂美は思い出した。 石動純のバイクの一件は彼の好意でお咎めなしとなったが、それとは別に一人暮らしでいままで以上に仲上家に負担をかけている分を少しでも補えればと、アルバイトに関しては前々から考えていた。 「まだちょっと見つからなくて……」 しかし、時間を見てはいろいろと探してはいるのだけど、部活に打ち込んでいる比呂美にとってまとまった時間を取るのが難しく、なかなか条件に見合う職場を探せずにいた。 「そう……だったら、うちの仕事をもう少しこなしてもらってお給金を払うのはどうかしら?」 「え?」 思いがけない理恵子の提案に比呂美は、 「それは……ここでしてることは恩返しの一つで……お金なんてもらえません」 仲上家に負担をかけないようにと思っているのに、仲上家からお金をもらっては意味がない。 比呂美は当然申し出を断ろうとしたのだが、 「前々から考えてはいたのよ。あなたはこの家の娘ではあるけれど、私は一人の女性としても見ていきたいの」 「……一人の女性ですか?」 「そう……詳しいことまではわからないけれど、一人暮らしするって決めたのは少なからずそういう立場に身を置きたかったからじゃないのかしら? 家族や、同居人、幼馴染としてじゃなく、“湯浅比呂美”としてね」 「……………………」 決断したのにはいろんな意味があった。 自立、諦め、抗い、期待……その全てが仲上眞一郎に湯浅比呂美を見てもらうための決断。 そのことを理恵子はしっかりと見抜いていた。 「だから私もそういうふうに接するわ。家族であるまえに、息子の彼女だものね」 さあっと頬を染める比呂美を見て、理恵子は意地悪そうに微笑む。 「これからはお金受け取ってもらえるかしら?」 「…………はい。ありがとうございます」 比呂美は深く深く頭を下げた。 眞一郎との関係を認めてくれていることや、湯浅比呂美個人を尊重してくれていること。 いくら頭を下げても感謝しきれないくらい嬉しかった。 「そんな改まることでもないでしょ。 そうね……いつか本当の娘になったら……その時は覚悟しておきなさい」 言葉の厳しさとは裏腹に、不適な笑みを浮かべて理恵子は台所を後にした。 いつか本当の娘になったら…… いつか本当にそんな日がくるのなら…… 「……よろしくお願いします」 言葉の意味を深くかみ締め、比呂美はもう一度頭を下げるのだった。 ──── 「ごちそうさま」 眞一郎は皿に一粒の米も残さずカレーを食べ終えて、満足と言わんばかりに後ろに手を付いて息を吐いた。 「比呂美、お茶くれる?」 「うん」 比呂美はまだ食事を終えてないが、いやな顔ひとつせずに、むしろ眞一郎に用件をもらえることが嬉しそうにお茶を注いだ湯飲みを差し出す。 「……ところで眞ちゃん」 「ん?」 お茶を飲んでいるところを、ちょうど食事を終えた理恵子に話しかけられ、目線で返事をする。 「あのテストの点はなんなのかしら?」 「──! んん゛!」 理恵子の言葉に思わず噴きそうになってしまって必死にこらえた。 眞一郎の部屋に洗濯物を持って行ったときに机に広げられていた答案を見たというのだ。 ちょうど眞一郎が酒蔵に行って席を外していた時だ。 なんで隠しておかなかったのかと眞一郎は後悔した。せめて伏せておけばよかった。 ……この母親のことだから詮索したかもしれないが。 「……まったく。いろいろやりたことがあるのはわかるけど、本分をしっかりしてもらわないと。みんながこんな点数だったわけじゃないでしょうに……そうでしょ?」 「えっ?」 小言の合間にいきなり水を向けられたじろぐ比呂美。 「比呂美ちゃんはどうだったの? テストの点」 「あ……その……」 思わず眞一郎に目を向ける。自分の点を言えばもっと眞一郎が責められてしまうかもしれない。 が、理恵子に対して嘘のつけない比呂美は正直に自分の点数を告げた。 (ごめんね眞一郎くん……) 心の中で彼氏に頭を下げる。 「比呂美と比べるなよ……」 ふてくされた顔で呟く眞一郎。 もちろん比呂美が優秀なのは周知の事実なのだが、今は“彼女”なだけに余計に惨めな気分になる。 「二人の出来が違うことくらいわかってます。できるできないじゃなくて、やったかやらないかを問いてるの」 「……やってないです」 厳しく言われ、素直にそう答えるしかない眞一郎。それを受けて理恵子は重くため息をついた後、 「比呂美ちゃん、眞ちゃんの勉強見てもらえるかしら?」 「あ、はい。もともと次の中間テストのために一緒に勉強しようって決めてたところでしたから」 「そう……だったら眞ちゃん」 「何……?」 もう何を言われてもいいやという心境でいた眞一郎は、次の母親の言葉に耳を疑った。 「明日休みなんだから早速泊り込みでお世話になってきなさい」 「え……?」 「おい……」 耳を疑ったのは眞一郎だけではない。比呂美も、それまで傍観していた啓冶でさえ理恵子の言葉は以外だった。 「あなたにはあとでちゃんとお話ししますから」 「…………ん」 理恵子の真剣な表情に、啓冶はそれ以上口を挟むことはしなかった。 「ほら、眞ちゃん。遅くなる前に準備しちゃいなさい」 「……わかったよ」 いきなりの展開に流されるまま眞一郎は居間を後にして、自室に準備に戻る。 かといって反論するつもりもない。比呂美と二人きりになれる状況をわざわざ作ってくれたのだから。 ただ、その状況を用意してくれることが驚きだ。それも泊まりでなんて…… (……なんか試されてんのかな……) ──── 「お夕飯ありがとうございました」 「また食べに来なさいな」 帰り支度を整えた比呂美は、いつものように玄関先で理恵子に挨拶を済ませる。 「じゃあ、行ってくるから」 そしていつものように眞一郎がアパートまで送るために靴に履き替える。 (でも今日はそのまま泊まっていってくれるんだ……) 比呂美は嬉しいような恥ずかしいような、まるで遠足の前日のような静かな高揚感を感じていた。 その気持ちが顔に出てしまっているのを理恵子は見逃さなかったが、何も言わずただ微笑んだ。 「ほら、襟が曲がってるわよ」 「いいよ、自分でやるからっ、行ってくる」 母親の手を軽く払いのけて、自分で襟を正して眞一郎は玄関を後にする。 それを見て比呂美も理恵子に会釈をして仲上家を後にした。 暗闇の空には満月から少し欠けた月が煌々と輝いていて、街灯がない場所でも十分明るかった。 5月とは言えども日が暮れてしまうとまだ少し肌寒い。加えて今日は海岸から吹き付ける風が冷たかった。 でもその分、眞一郎の自転車の後部に横向きに座る比呂美は、彼の腰に両手を回してぴたっとくっつける口実になって嬉しかった。 「ったく……おふくろには参っちゃうよ……」 比呂美を乗せゆっくりと自転車を漕ぎながら愚痴をこぼす眞一郎。 正直、比呂美の前であんまり子供扱いはして欲しくない。 実際子供だとはいえ、どうしても気恥ずかしさが先行してしまう。 「それだけ眞一郎くんのこと心配で、大切なんだよ」 「そうかなぁ……?」 母親は厳しかったり、甘かったりで、真意がいまいちつかめない。 「そうだよ。おばさんの気持ち、なんとなくわかるな」 「同じ女だから?」 「それもあると思うけど……だっておじさんと好き合って、その間に産まれた眞一郎くんだもの。 もし私が眞一郎くんの赤ちゃん産んだらきっと溺愛するもん」 比呂美がさらりと凄いこと言って退けたので、眞一郎は思わず絶句してしまう。 その空気を感じ取って自分が何を言ったかようやく理解した比呂美は顔を真っ赤にしてしまう。 「えと、そのっ、例えば。例えばの話しだから……(何言ってるの 私ったら……)」 「そうだよなっ、……ははっ……(びっくりした……)」 その後なんとなく会話が進まず、二人は短いアパートまでの道のりをぎこちない笑みで乗り切った。 ──── 「あの子のために何かしてあげたいんです」 理恵子は啓冶の晩酌の用意をしながら、話しを切り出した。 「比呂美にか?」 「はい……」 とっくりに入った酒をお猪口に注ぎながら、理恵子は間違いなく『比呂美のため』と口にした。 「あの子が家を飛び出したあの日まで、私はあの子と向き合ってこなかった…… 私が言った一言で、あの子がどれだけ苦しんで、尊厳を、想いを傷つけてきたか…… それで許されるとは思わないですけど、あの子のために何かしてあげたいんです」 「……そうか」 妻の告白を啓冶は素直に受け止めるも、 「だが……お前の気持ちも理解できるが、もし間違いあったら……」 眞一郎と比呂美が好き合い、付き合っているのは知っている。 間違いが指すのは比呂美の妊娠以外に他ならない。 二人のことは信頼している。 それでも何が起こるかわからない。 「そうですね……」 しかし、そんな夫の心配をよそに、理恵子は大胆なことを言ってのけた。 「そのときは思い切り叱って、それから……暖かく迎えてあげるつもりです」 「………………」 さすがの啓冶も、理恵子の想いの強さに驚く。 あれだけ比呂美に対し敵意を向けていた妻の姿はもうそこにはなかった。 あるのは、子を想う母親の姿…… 「比呂美が眞ちゃんといることが一番の幸せと言うのなら、私はその後押しをしてあげるだけです。 誰かを想う気持ちがその人にとってどれだけ大切なものか……それをあんなふうに踏みにじって…… 私も知っていたはずなのに……あの子が、思い出させてくれたんです」 と、理恵子は自分の夫となった最愛の人を憂いめいた瞳で見つめた。 それを受けた啓冶は少し考え込み、 「……すまなかったな」 「……どうしたんですか突然」 「昔のことも、比呂美を引き取ったことも、もっときちんと話し合っておけば、お前に余計な不安を抱かせることもなかったかもしれない。……許してくれるか?」 謝罪の言葉に、理恵子は優しく微笑み、 「あなたが不器用なのは最初からわかっていますから…… 実直で、不器用で、そういうところ、可愛らしいですわ」 「……可愛いはないだろう」 男としてあまり嬉しくない言葉も、気恥ずかしさを感じ、照れ隠しにお猪口を口に運ぶ。 「私もいただこうかしら」 理恵子は湯飲みを差し出すと、啓冶は酒を注ぐ。 「あまり飲みすぎるなよ」 「たまにはいいじゃありませんか。もし酔ってしまったら……介抱して頂けます?」 悪戯に微笑む妻に、啓冶はただたじろぐばかりだった。 ──── ─お詫び─ 後半の展開が「比呂美のバイト その4」とかぶってしまってすみません。 投下されたときにはもう出来ていたので、直すのもなんだかなぁって感じで。 あとママン書き氏のどれかともかぶっていたような……思い出せなくてすいません。 ─言い訳─ あと今回分はいろいろと違和感があるかもしれませんが、あまり深く考えないで読んでください。 書いた本人もあまり納得いってなくて……かといって実力的にこれ以上は無理だと判断。 毎回ワンパターンだし、ボキャブラリーが足りなすぎる(・ω・) そもそもあの絵本はどうなったんだろう? 別れるときに乃絵も眞一郎もどっちも手にしてないような…… ここでは乃絵にあげたってことにしちゃいました。 やっぱヒロシのがよかったかな…… ちょっといい話みたいな展開になってますけど、 あくまでこの作品のコンセプトは「比呂美とベロチューしながら対面座位で中田氏したい」ですよ? ─言い訳・2─ この続き8割方できていたのですが、HDDと共に逝ってしまいました… 油断してバックアップもとっていなかったので、もう茫然自失でして… ようやく書く気力も戻ってきたのでいつの日にか続きを投下したいと思います (08/10/04)
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tears(SEKAI NO OWARI) 想定区間 落ちサビ〜ラスサビ 地声最高音 hiD(いつかきっとまたぁぁあああ) 裏声最高音 hiB(ぽつりぽつりぽつりぽつりと)(下線部は裏声hiA) 予想レベル 9 2021年にセカオワから発売されたアルバムの最後の曲。おそらくセカオワ楽曲の中でもかなりの難易度を誇っている。 やはり特筆すべき点は落ちサビのラストの超高音ロングトーンだろう。またの「た」だけで3音揺れるうえ、mid2G→hiA→hiDとかなりの高音を息継ぎなしで5秒弱歌わなければならない。さらにその後mid2Dまで1オクターブ落ちるためここでもミスしやすい。 また出落ちの危険がある「帰りの列車」、「こぼれるほど嬉しい」の下がるフレーズや時折訪れる裏声(特にぽつりゾーンは高い上に音も非常に取りにくい。)など落ちサビは注意するべき点が多い。 ラスサビに関しても急に1オクターブ上がる音程やmid2Gを交えたWow地帯、tearsとcheersの音程などラスサビほどではないにしても普通に難しく、総じてレベル9相応だと思われる。
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【登録タグ 曖昧さ回避】 曖昧さ回避のためのページ くろずみPの曲Tears/くろずみP てぃあらの曲Tears/てぃあら 曖昧さ回避について 曖昧さ回避は、同名のページが複数存在してしまう場合にのみ行います。同名のページは同時に存在できないため、当該名は「曖昧さ回避」という入口にして個々のページはページ名を少し変えて両立させることになります。 【既存のページ】は「ページ名の変更」で移動してください。曖昧さ回避を【既存のページ】に上書きするのはやめてください。「〇〇」という曲のページを「〇〇/作り手」等に移動する場合にコピペはしないでください。 曖昧さ回避作成時は「曖昧さ回避の追加の仕方」を参照してください。 曖昧さ回避依頼はこちら→修正依頼/曖昧さ回避追加依頼
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true tears SS第二十三弾 雪が降らなくなる前に 中編 比呂美と眞一郎は一緒に帰る約束をしている。 あさみがささやかな復讐を果たし、朋与が妖怪と呼ばれた恨みを晴らす。 さらなる奇跡を比呂美は願い、さらにちゃんと眞一郎はしようとする。 前作の続きです。 true tears SS第二十二弾 雪が降らなくなる前に 前編 http //www39.atwiki.jp/true_tears/pages/287.html true tears SS第十一弾 ふたりの竹林の先には http //www39.atwiki.jp/true_tears/pages/96.html true tears SS第二十弾 コーヒーに想いを込めて http //www39.atwiki.jp/true_tears/pages/245.html true tears SS第二十一弾 ブリダ・イコンとシ・チュー http //www39.atwiki.jp/true_tears/pages/275.html 六時間目が終わると誰もが部活や帰宅する準備をし始める。 終わりのホームルームは担任が伝達事項やプリントを配るだけで、あまりすることがない。 誰もが机の上に鞄やコートを乗せている。 ふと比呂美を見ると、同じようにしていて背筋を伸ばしている。 授業中に何度も眺めていたが、あの朝以後にこちらを向かなかった。 全員が起立してから一礼をして放課後になったので、俺はコートを着てから鞄を握る。 「謎は解けたか?」 三代吉が心配そうに囁いた。 「今日も奇跡もわからない」 授業中も考えていたが、これという決定打がなかった。 「優等生と劣等生の俺らとは思考回路が違うんだ。謝るしかないな」 「目的地に着くまでに探ってみるよ。比呂美と叶えたいこともあるし」 俺の願いは下校中には無理だと諦めている。 「まあ、がんばってこいや」 俺が歩き出すと、三代吉に背中を叩かれた。 比呂美は立ちながら自分の席で表情が固いまま待っていて、そばには黒部さんもいる。 「麦端の花形とミス麦端のカップルだね、お似合いだよ」 あさみさんが寄って来て無邪気に祝福してくれた。 「ミス麦端?」 俺は疑問を口にした。 「それはね、比呂美が……」 「あさみ、眞一郎くんに変なことを吹き込まないで!」 比呂美に中断されたあさみさんは慌てて見渡してから、黒部さんの後ろに隠れる。 「怖いよ、褒めているだけなのに、また比呂美に睨まれた。 仲上くんの踊りのときだって、夜はなかなか眠れなかった」 顔だけ出してきっちりと主張だけはしていた。 祭りの翌日に俺の席には男女が十人くらい囲っていた。 そのときに三代吉の弁である思い詰めた顔で比呂美の部屋に誘われたのだ。 「そのとき私は見ていないのよね。あさみから聞かされたけど」 「朋与には報告しておかないと」 舌を出してからにんまりとすると、比呂美は瞳を左右に動かしている。 「さて私は仲上くんに言わせてもらうわ。封印された妖怪って誰のこと?」 比呂美が停学中に黒部さんはノートを取らないで寝ていた。 俺は比呂美にノートを貸してあげたときに喩えたのだ。 「比呂美、あれはまずいだろ。受け取ってくれないから言っただけなのに」 「だっておもしろかったから、言っちゃった……」 我に返ったように笑顔で右に首を傾けた。 「つまり仲上くんは私を出しにしていたのね」 「その前に黒部さんが授業をしっかりと聞いておけば良かったのでは?」 「あさみのを写すからいいの」 「朋与には無条件で貸すよ。情報提供者だからね」 そんな遣り取りを比呂美は無言で眺めている。 「というわけで仲上くんには比呂美にあだ名を付けて。もちろんわかっているよね」 瞼を閉じて微笑むのが感情を読ませてくれない。 親友でありながら比呂美に嘘をつかれたので、俺に仕返しをして欲しいのだろう。 最初に浮かんだのは、誰もが思いそうな花であったが、やめておく。 もう一つは比呂美らしいきれいな花だったが、保留する。 「不発弾。地面に埋まっているから、知らない間に爆発しそうで。 でも発見したら爆発しないように取り除きたいなと」 仲上家に比呂美がいるときに出会えたら歓喜と恐怖がつねにあった。 ただ挨拶するだけでも比呂美を傷つけないように配慮はしていた。 「眞一郎くんはそう思っていたのね」 前髪を垂らして俯いている比呂美の声質は無機的であった。 「私もさっき地雷を踏んじゃったよ」 「あさみのはわざとでしょ。余計なことを言ったくせに」 「だって言いたかったから」 唇を尖らせてまったく反省していない。 「比呂美は浮き沈みが激しいから、冷や冷やさせられて頭を冷やされたわ」 「朋与が冷やすのは肝で、私が冷やすのは頭のようね」 比呂美は即座に述べてから、わざわざ後ろの扉のほうから出て行った。 「甘く囁いて比呂美を照れさせてくれると思っていたのに」 黒部さんは腕を組んで不平を洩らした。 「黒部さんを妖怪と呼んでおきながら、比呂美だけきれいに喩えるのはどうかと思った」 「でも不発弾を放置せずに取り除くというのは、良い心掛けかも。 夜の電話で愚痴をこぼされるだろうな」 黒部さんは比呂美が去った扉を見つめている。開いたままで教室にいる人数も少ない。 「また迷惑を掛けてしまって」 「愚痴られるだけましよ。つらいときには何も言ってもらえないし、訊かなかったし」 比呂美も俺が三代吉に相談できないように耐えていたのだろう。 「最近は明るくなっているわ。今朝だって、自然に仲上くんを誘えたとね」 黒部さんが登校してきたときに微笑を浮かべていたのは、俺のことを話題にしていたようだ。 「やっぱりふたりはお似合いだよ。仲上くんにアタックしようかなと思っていたのに」 あさみさんは後ろ手にしたまま顔を近づけてきた。 「そんなことを言われても……」 慣れない場面で言葉が続けられないが、あさみさんは身体を起こす。 「ほんの少しでも悩んでくれただけでも嬉しい。 仲上くんの人気は上がってきているよ。がんばってね」 「校門を出るとふたりきりの世界だからね」 ふたりに見送られてから俺は後ろの扉をめざす。 あまり交流のないふたりと接していると長話になってしまった。 これから比呂美を探すが、発見できなければ比呂美の部屋の前で何時間でも待とう。 合鍵を渡されているけれど、断りもなく中には入れない。 廊下に出ると扉のすぐそばの壁に寄り掛かっている人がいる。 「ミス麦端を知りませんか?」 平然と訊いてみると、きょとんとしていたのに左の人差し指を向ける。 「階段のほうにいるのかも」 「ありがとう」 俺は頭を下げてから歩き出す。 「置いてかないで」 比呂美は右横に来て頬を膨らませている。 「ミス麦端って何?」 「あさみが勝手に言っていることなの。 たまに私の下駄箱に手紙が入っているのを見つけられたから。 全部、断っているので安心して欲しい」 比呂美は教えるのをためらってから、視線を合わせてきた。 「信じている」 普通に考えれば比呂美はかなりもてるだろう。 もし全校生徒でミス麦端の無記名投票があれば、上位に入選するのは予測できる。 最初に浮かんだ高嶺の花を封印しておいて良かった。 あさみさんは俺が麦端の花形になったためか、比呂美と対等に思ってくれていたからだ。 「眞一郎くんもすごいよ。 私が登校しているときに他校の女の子まで踊りを褒めていた。 だから恋敵が増えて欲しくなくて眞一郎くんを部屋に誘ってしまったの。 また爆発してしまったよね」 落ち込んでしまった比呂美と並んで階段を降りている。 「制服姿だと俺とはわからなかったみたい。あの衣装があるからかもしれない」 「花形衣装のおかげにしないで」 比呂美の眼差しは強くても、口元は緩んでいる。 「本当は水仙だと喩えたかったんだ。 雪が降っていても水辺で凛と白くきれいに咲いているから」 雪が好きになってくれるように願いを込めていた。 比呂美は立ち尽くしたまま呟く。 「ナルキッソス……、自己陶酔……、そして……」 ナルキッソスは他人を愛せなくなり、水辺に映る自分を好きになってしまって死んでしまう。 ここが学校でなければ抱き締めてでも否定していた。 むしろ逃避行や昨晩の竹林のように態度で示すのはありきたりだ。 俺は比呂美のそばに戻って耳元で囁く。 「もう少し慎重に検討して選ぶべきだった」 「眞一郎くんが考えてくれたのに、欠点しか思えなくて」 左右に首を振ってくれていても俯いている。 「俺のことを比呂美が喩えて欲しい」 比呂美は見開いてから俺のほうを向く。 「考えてみる。変なのでも怒らないでね」 「爆発しないから」 「すぐそんなことを言うし」 比呂美が素早く階段を降りて行く。俺も同じようにしつつ、比呂美の下駄箱を窺う。 「今日は入っていないわよ。入れられないようにしてくれないと」 俺の行動を読まれてしまい釘を刺されてしまった。 「俺のところにもない」 「そういうので争いたくない」 俺たちは靴を履き替えて、外に出て並んで歩いている。 校内で比呂美の顔を遠慮なく眺められるのは、白昼夢のようだ。 横目で俺を見てから、比呂美はゆっくりと喩え始める。 「屋根の上の猫。私よりも高いところにいるんだけど、私が困ると降りて来てくれる。 私が高い屋根に上がれると、眞一郎くんはさらに高い屋根にいるの。 でもいつか同じ屋根にいて、穏やかに過ごすの」 幼い頃の祭りでの竹林と似たようなものだろう。 比呂美を驚かせたくて先に行ってしまった。 俺は比呂美を見つけると竹林の傾斜から滑り降りた。 そうでもしないと比呂美の笑顔を取り戻せないと思っていたが、逆に泣かせてしまった。 幼い俺は比呂美を任されても何をすればいいかわからなかったからだ。 「最近は比呂美のほうが猫のように去って行っている。 俺のほうが追い駆けていないか? さっきのはわざわざ後ろの扉から出てから壁に寄り掛かっていた。 まるで猫が振り返るように」 俺の指摘に比呂美はそっぽを向く。 「でもなかなか来てくれないし。何を話していたの?」 「戻ってくれば良かったのに」 「できるはずがないでしょ」 かすかに声を荒げる比呂美は今朝のむくれっ面になっている。 もうすぐ校内ではなくなり、やっと校門を抜けた。 俺は左手で比呂美の右手に触れる。 「ごまかさないでよ……」 覇気がなく地面に視線を落としている。 「黒部さんとあさみさんに比呂美のことを教えてもらっていただけさ。 一度は起きた奇跡を望んでいると言われたけど、よくわからない」 比呂美が軽々しく奇跡を求めるのも不可解だし、奇跡的な出来事に身に覚えがない。 「今日も起きればいいと願っているの。 今日がダメなら、また明日。春になるまでに時間がないけど」 比呂美が空を仰いでいて今朝よりも曇っている。 「また明日も一緒にいよう。比呂美の部活があるなら待っているよ。 絵本の題材を探すためにも図書室で過ごしているから」 今まであまり本を読む機会が少なかったかもしれない。 水仙のときも一瞬でナルキッソスを思い出せなかったのは失態だ。 「でも今日がいいな。先に進みたいから。 私が行きたい場所はわかった?」 暖かな明るさを帯びた比呂美が問うた。 「ごめん、授業中もずっと考えていたけど、一つに絞れなかった。 比呂美と行きたいところは、いっぱいあるから」 「朋与に言われたの。曖昧な単語では伝わりにくいって。 でもわかってもらえたら嬉しいし、わかってくれなくてもいいの。 そのときに眞一郎くんがどう反応してくれるか楽しめれば」 まったく翳りがなく比呂美は俺を責めようとはしないようだ。 今までと違って幅広く受け入れてくれるようだ。 「クイズみたいでおもしろいよ。発想力を鍛えるみたいで。 愛ちゃんと三代吉がいつか店に来て欲しいって。 公民館でのことを愛ちゃんは気にしていないようだ。 あのふたりは祝い酒でも悔やみ酒でもコーラを飲んでいるらしい」 比呂美の手を握るのを強める。 店には一緒に行くのだから少しでも比呂美の励みになるようにだ。 「でもコーラを私は飲めないわ。微炭酸のファンタやキリンレモンぐらいしか。 できればオレンジジュースのほうがいいな」 「健康的だな」 「眞一郎くんもコーラばかり飲まないでね」 「俺もオレンジジュースにするから」 「うん」 比呂美の進む方向に合わせてはいるが、俺の通学路を辿っているだけだ。 いつもの長い坂を下っている。 「坊ちゃん、お熱いですね、手まで握っちゃって」 踊りを教えてもらった中年男の能登さんが、自転車で通り過ぎようとしていた。 「俺たち、付き合っているから」 以前のように何も言えずにいたのと違っているのを示したかった。 能登さんは急ブレーキで自転車を止めてから振り返る。 「そうだったんすか。この前、理恵子さんはかなり驚いていたけど、良かったですね」 一言を残してから、すぐに自転車をこいで去って行く。 「おばさんと何かあったのかな?」 不安げで見つめてくる比呂美は、さっきの宣言ついて感想がない。 「よくわからない。能登さんは人付き合いが広そうだから、お袋と話す機会はあるだろうし」 踊り場にお袋が来ているのを知らないから、判断材料がない。 だが俺に関係することだからこそ能登さんは伝えようとしたのだろう。 あとがき あさみは髪の毛の色を変えられそうな口調で、かわいらしく明るいようにしてみました。 眞一郎母の理恵子は似たような性格だったかもしれません。 比呂美と眞一郎は物や言葉に想いを託していますが、まだうまくできていません。 いつかお互いが納得できるようになればいいのですが。 次回は、『雪が降らなくなる前に 後編』。 比呂美は目的地に到着して、雪が好きだった理由を明かします。 比呂美はさらなるアプローチを仕掛けますが、眞一郎にも計画があります。 眞一郎父は博、眞一郎母は理恵子、比呂美父は貫太郎、比呂美母は千草。
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true tears SS第十三弾 第十一話の妄想 前編 「会わないか?」「あなたが好きなのは私じゃない」 「絶対、わざとよ、ひどいよ」 第十一話の予告と映像を踏まえたささやかな登場人物たちの遣り取りです。 妄想重視なので、まったく正誤は気にしておりませんが、 本編と一致する場合もあるかもしれません。 本編に出て来た伏線を回収してみたいなと思います。 石動純は登場しますが、比呂美に振られます。 明るい展開を心掛けているので、良識のある登場人物ばかりになりました。 比呂美は引越しの整理を終えて一息をついている。 眞一郎が自転車で追い駆けて来るという予想外のことがあったために、手が付かなかった。 眞一郎も手伝ってくれたけれど、一緒にいづらくてあまり頼ろうとはしなかった。 比呂美の携帯電話が鳴る。 画面には石動純からと表示される。 本当は着信拒否をしたいけれど、出ないわけにはいかない。 『会わないか?』 いつもながら用件だけ。 『いいわよ。いつものところで』 『わかった。すぐ行く』 比呂美は返事を聞いてから電話を切った。 すぐにコートを羽織って、待ち合わせの公園に向う。 先に来ていた純が寄って来る。 「例の件を考え直してくれないか? 俺、あんたのことを気に入っているんだ」 純は比呂美の頬に手を伸ばして撫でてくる。 以前、初デートで仲上家の前でしてきたのと同じ方法だ。 「あなたが好きなのは私じゃない」 比呂美は眉一つも動かさずに冷徹に拒絶を示した。 「あいつのためか?」 純は手を放して訊いた。 「そんなことはないわ。眞一郎くんには石動乃絵がいる。 別に私たちが付き合わなくても関係ないでしょ。 あなたは石動乃絵のためだけに私といるだけだから」 比呂美の発言に純は余裕の笑みを浮かべる。 「俺は乃絵と距離を置こうとしているし、あいつと付き合っているのを受け入れている。 それと最初はそうだったが、俺はあんたが好きなのは事実だ。 他の女と違う何か隠しごとがありそうな雰囲気が良い」 「でもあなたに明かす気はないから」 比呂美は背を向けて純から去って行く。 * 二日目 停学が開けて登校できる。 比呂美はOPの大きな鏡の前に立って制服に着替える。 眞一郎母がくれたものだ。 同じ女として何かと家財を提供してくれている。 ささやかではない行為が本当に嬉しい。 鏡に映る姿を確認してからアパートを出る。 * 比呂美が教室に入って来て着席すると、クラスの女子が囲んでいる。 和気藹々と質問攻めにされる中で、朋与が補佐してくれている。 「良かったな」 三代吉が眞一郎に柔らかな視線を向ける。 「ああ」 眞一郎は堂々と比呂美の姿を眺める。授業中以外ではできない行為だ。 「気のない返事だな、もっと喜べよ」 三代吉は右手で眞一郎の背中を叩く。 * 比呂美は朋与と一緒に体育館に向う。 「またコートに立ちたいです」 比呂美は先に着替えている女子バスケの部員たちの前で宣言した。 みんなの視線は高岡キャプテンに集まる。 「早く着替えな。明日は蛍川との交流試合だから」 「はい」 比呂美を歓迎しつつ、部員全員で声を合わせた。 * 眞一郎は完成した絵本を手にして鶏小屋に向かう。 乃絵が望んでいない内容なのは、充分に承知している。 絵本作家として読者の要望に応えられないのは、今後のためにも方針を変えねばならない。 それでも描きたいことがあるなら、乃絵が読んでくれるなら、 雷轟丸の絵本を続けていきたい。 比呂美との関係とは別である個人的な願望だ。 鶏小屋の前に立つ乃絵を見つける。 「乃絵、絵本が完成したんだ。でも改めることもできる。 だから率直な感想を聞かせて欲しい」 眞一郎は両手でスケッチブックを渡すと、乃絵は読み始める。 「雷轟丸は地べたと一緒に餌を食べます。 お腹いっぱいになってから、丘を見上げます。 でもすぐに地べたを見てしまう。 雷轟丸は気づいたのです。 別に丘に登らなくても飛ぼうと思えば飛べるんじゃないかと。 雷轟丸が飛んでしまえば地べたはどうするんだろう? 雷轟丸は地べたと一緒に飛べる方法を考えようとします」 乃絵はゆっくりと読み上げていたが、声が震えだす。 「何、これ? 眞一郎は何がしたいの?」 悲壮感を漂わせながらも、スケッチブックを抱き締めてはくれている。 「これ以上は、今のところ、展開が浮かばないんだ。 だから乃絵の意見を聞きたい。 飛ぶためには丘に登らなくてもいい。 鳥は地上から海から地の底からでも飛べる。 それと飛ぶためにはどこに着地するか決めておきたい。 雷轟丸は飛べたとしても、どこに着地すればいいのかわからないんだ。 乃絵の飛ぶってどういう意味だ?」 眞一郎は穏やかに自分の考えを述べた。 「それがわからないから、眞一郎に飛んで欲しかったの」 乃絵は声を絞り出してから俯いてしまった。 「この絵本は完成していない。展開を変えたり、書き直したりできる。 だから一緒に飛ぶことを考えてみよう」 * 三日目 放課後、乃絵は眞一郎の姿を見つける。 追い駆けて辿り着いた場所は体育館だ。 眞一郎は三代吉のそばに行こうとする。 乃絵は声を掛けづらくなって、離れて二人の様子を窺う。 特に三代吉には先日の呪いの件があるからだ。 「やはり来たか」 三代吉は右手を上げる。 「比呂美がバスケをしているのをあまり見たことがなかった」 「この前は男子のだったからな。 試合後に、お前はボールを手に取ってシュートしようとしていたな、あのとき」 前にしたことがあるのを眞一郎は思い出す。 すぐにバスケ部員にボールを返してしまった。 とっさの行動だったので、なぜシュートをしようとしたのか理解できていない。 三代吉は乃絵をおんぶして来たことを言わないでくれた。 「湯浅比呂美とお前、愛ちゃんと俺でダブルデートをしたかった」 三代吉はコートの中にいる比呂美を見ながらだ。 「そんなことまで考えていたのか……」 眞一郎には思いも寄らない発想だ。 「いつか叶うかもしれないし、俺はお前なら愛ちゃんと一緒になっても喜べる」 まったく眞一郎に視線を向けようとせずにいるので、眞一郎も同様にする。 比呂美は蛍川の選手に執拗にマークをされていて、倒されるときもある。 素人目でさえもわかるほどに、不自然な行動だ。 「でも俺は愛ちゃんとは難しい。でもいつか三人で前のように店で雑談したい」 愛子からキスをされて告白を受けてから、眞一郎は店に行っていない。 「湯浅比呂美も連れて来いよ。三人は幼馴染なんだろ」 「そうだな」 比呂美と愛子の接点はなくはない。 幼馴染だからといっても、学校や学年が違うと交流がなくなり疎遠になってしまう。 そんなことを考えているときに、麦端の攻勢が始まる。 高岡キャプテンからパスを受けて、OPのようにドリブルで比呂美は突破しようとする。 歓声が上がり白熱した雰囲気に包まれる。 蛍川の選手は比呂美と衝突してしまう。 比呂美は大きく体勢を崩されて倒れてしまう。 床には照明を受けて光輝くものがある。 コンタクトレンズを取ろうとする比呂美の右手の前で、蛍川の選手は踏んづけてしまう。 比呂美は怒りを眼差しを込めつつも、試合を続ける。 コンタクトを無くした比呂美は視界が悪くなり、パスがうまくできなくなっていた。 試合後には朋与が比呂美を庇う。 「絶対、わざとよ、ひどいよ」 朋与が声を荒げて訴えた。 「もう別れたのに」 純がクラスメイトのように蛍川でも人気があるのだろう。 だからその彼女であった比呂美に悪質なファールをしてきた。 今日は純がいないからだ。 「そうなの?」 朋与はぽっかりと口を開けている。 「朋与、今までごめんね。私、嘘をついていたわ」 比呂美の告白に朋与は横に首を振る。 「私が無理に訊こうとしたから、親友の比呂美を追い詰めてしまったのね」 朋与が差し出す右手に、比呂美は右手で握り締める。 「私にはよくわからないけど、向こうのキャプテンには伝えておくわ」 「すみません、キャプテン」 「ここだけの話、四番は練習中に勝手に入って来るからね。やめておいたほうがいい」 「あれは私が防ごうとはしたのですが……」 誰もが両手を合わせて見逃して欲しいそうな朋与を知っている。 「朋与のほうが嘘つきね。今の比呂美のほうが吹っ切れていていいわ。 何があったか知らないけど、退学前よりも良くなってる」 高岡キャプテンの指摘に比呂美はかすかに頬を染める。 「そういえば比呂美の停学が決まって練習に参加できない日があったよね。 あのとき石動乃絵が鶏小屋の近くで佇んでいた。 そっちのほうもしっかりしな」 高岡キャプテンの発言を受けて体育館を見回す。 心配そうにしてくれている眞一郎と三代吉がいる。 さらに離れたところに乃絵がいて、目が合ってしまう。 乃絵はすぐに去ってしまった。 * 乃絵は自室で毛布に包まっている。 「どうしたんだ、乃絵」 純は部屋に入って来る。 「彼女の湯浅比呂美の試合なのに来なかったね」 乃絵の問い掛けに純は対応が遅れる。 「バイトがあったから、外せなかった」 「湯浅比呂美のことを教えて!」 乃絵は純を睨み付ける。 「もう別れた」 短く結論だけを伝えた。 乃絵は見開いてから部屋を出て行く。 * 風呂上りでパジャマ姿の比呂美は、床に腰を下ろして壁にもたれている。 以前から所持はしていたが、メガネをあまり掛けていなかった。 眞一郎に自分の変わった姿を見せたくなかったからだ。 幼い頃から髪型さえもいじらずにいた。 今はアイスを食べながら、落ち着こうとする。 携帯電話の画面には歯磨き粉と洗顔フォームを間違った眞一郎の姿が写っている。 何かつらいことがあると眺めていた。 今日は蛍川のDFにコンタクトを踏んづけられたこと以上に、純と別れられたことが嬉しい。 それと眞一郎が試合を見に来てくれていたのが、さらに喜ばしい。 携帯が鳴る。 石動純からだ。 また着品拒否をしたくはなるが、高岡キャプテンが蛍川に純と別れたことを伝えてくれた。 蛍川の部員から純に連絡されたのだろう。 それを受けて比呂美に何かを言うつもりと判断する。 比呂美は冷静になってから電話に出る。 『話は聞いている。俺のせいで苦労を掛けた。 俺と別れるのを承諾するから協力して欲しい。 乃絵が家を出てから戻らないんだ』 緊迫した純の声に、比呂美は戸惑ってしまう。 『試合を見に来ていたわ。 眞一郎くんと一緒にいなかったけど』 『乃絵があんたの試合を見たがるわけはないよな。 何で体育館にいたんだ?』 『そんなことを私に訊かれても……』 『すまない。責めているのではないんだ。 乃絵の知り合いは限られている。 できればあんたからあいつに連絡してくれないか? 俺がするとあいつの家にしかできないからな』 『わかったわ。眞一郎くんの携帯にしてみる』 『頼む』 純から電話を切った。 約束はしたものの、ためらってしまう。 何度も眞一郎の電話番号を表示させたことはあった。 一つ屋根の下に暮らしているたので、 緊急の連絡のためにお互いの番号とメールアドレスは交換し合っている。 だが使用したことは一度もない。 それでも比呂美は思い切って眞一郎に電話する。 『比呂美が電話をしてくれるのは初めてだな』 嬉しそうな眞一郎の声だ。 『眞一郎くんも掛けたことがないはず』 しばらく間が空いてから、 『掛けようとしたことは何度もある。比呂美と話したくなったときには。 比呂美が引っ越した日に、あの三人から何かと訊かれて苦労した。 それよりも今日の試合はひどいな。 蛍川の奴らは比呂美だけを狙っていた。 あいつのせいかよ』 だんだんと語調が荒くなるのを比呂美は記憶してゆく。 それだけ想われているのを実感できるから。 『ありがとう。応援してくれて』 『あれから憂さ晴らしに三代吉とコーラの一気飲みをした。 冬にするものではないな、腹を壊しそうになった』 『何、やっているのよ。二人で』 『三代吉は比呂美と話をしたがってる。できれば愛ちゃんもいればいいな』 『野伏くんとか、いいかもね。愛ちゃんは懐かしいな』 最近はほとんど会ったことはない。 『機会があればということで。俺たちは学校では話せないから、携帯だけでも』 眞一郎は比呂美のために喧嘩。比呂美は純との逃避行による停学中に一人暮らし。 ふたりの関係を興味深く見つめる視線はつねにある。 『料金が高くなって怒られないようにしないと』 比呂美の携帯料金は仲上家で支払っている。 『必要経費として計上してもらおう』 こんなに話せるようになるのは、夢のようだ。 仲上家を出れば眞一郎と疎遠になる可能性を理解していた。 眞一郎と乃絵との仲が深まれば、比呂美の居場所は仲上家でもなくなるかもしれない。 比呂美にとって一人暮らしをするのは、 すべてを原点に戻すためと乃絵から眞一郎を自分に振り向かせるためでもある。 『電話した用件を伝えるわ。 石動乃絵が帰って来ないと四番から電話があったの』 『知らないな。今日、乃絵と会っていないし』 眞一郎は不安げな声だった。 『石動乃絵は眞一郎くんから離れて一人で試合を見ていたわ』 『気づかなかった』 それだけ比呂美のほうだけを見ていたのだろう。 『石動乃絵の知り合いに心当たりはない?』 『そういや、踊り場で愛ちゃんと親しくしていたな。 連絡してみるよ』 『そうなんだ』 『本当は比呂美を誘いたかった。 あの海岸に行ったときに言いそびれてしまって』 あれは比呂美が石動乃絵の話をしてでも遮ろうとした。 封印中であり、眞一郎と下校という想定外の幸せをさらに求めるのが怖かったからだ。 それすらも眞一郎は気づかずに自分のせいにしている。 『気持ちだけは受け取っておくね。それよりも石動乃絵のこと。 行きそうな場所を知らない?』 比呂美自身でも心当たりがあるが、乃絵の彼氏である眞一郎の判断に委ねる。 『鶏小屋かな、やはり』 『行ってみましょう』 『比呂美も来るのか?』 『当然、頼まれたのは私だから』 『そうだよな……。せめて比呂美の通学路になりそうなあの竹林は通らないでくれ。 暗いから危ないので』 こういうときにも眞一郎の優しさに胸を押し潰されそうになる。 『向こうで一緒に石動乃絵と会いましょう』 『本当に気をつけて来いよ。俺が迎えに行こうか? 比呂美のアパートに』 『急いでるから、そこまでしなくてもいいわ。私のことを考えてくれているのは嬉しい。 そろそろ切るわね』 『向こうでな』 眞一郎の声を聞いてから電話を切る。 比呂美は私服に着替えてから、アパートを後にする。 * 愛子は店の片付けをしている。 もう一度だけ眞一郎と向き合ってみようと考えを改めようとする。 卒業を宣言しておきながら入学を希望しているのだ。 携帯が鳴ると、画面には眞一郎からであると知らせてくれる。 『どうしたの? 眞一郎』 明るく電話に出ることで平然を装う。 今の自分を見られれば上気した顔になっているはずだ。 『訊きたいことがあって。乃絵がいなくなったから、何か知らないか?』 眞一郎からの連絡に愛子は肩を落としてしまうが、乃絵を心配する。 『そうなの? 私も探したほうがいい?』 『一応、心当たりはあるんだ。でも愛ちゃんと乃絵は仲良く見えたから、何かあるかもと』 あれは水面下で眞一郎のことを探っていた。 眞一郎の初めての彼女であり、あの比呂美から勝利した乃絵に関心があるからだ。 比呂美なら勝てないと身を引いたことがあるのに、 乃絵という後発が眞一郎と付き合うとは信じられなかった。 『ごめんね。役に立てなくて』 『俺が悪いんだ、すべて。 いつかまたみんなで気楽に話せるようになるといいな。 俺が言う台詞ではないけれど』 眞一郎は寂しげで罪に悩まされていそうだ。 『そのときの会場はお店を提供するね。 後で乃絵ちゃんのことを報告して欲しい。 ずっと待ってるから。 こちらから切るね』 愛子は自分から話を一方的に終わらせた。 返答を聞きたくなかったし、眞一郎の本心が理解できないからだ。 今の眞一郎の状況を知らせてくれる三代吉から離れてしまったために、 ますます乃絵や比呂美という目の前にいない相手と恋のライバルとして戦わねばならない。 比呂美は何をしているのかが気掛かりで、 仲上家を出て一人暮らしをしているという情報だけはある。 田舎であるために事実は即座に伝わってくる。 そこから人々の妄想が歩き出して、比呂美の本心を捉えさせなくさせている。 愛子もその一人で比呂美のことを頭の中で、つねに自問自答しているような気分になる。 だが今は乃絵の身の安全を、心の底から祈っている。 (後編に続く) あとがき 原作がアニメであるのにSSにすると台詞が多くなります。 すばらしいのは、各場面での構成や表情などで視聴者に伝えられていることでしょう。 台詞にしても説明的ではなくて、登場人物の心情を適確に表現できています。 でも兄妹疑惑の真実や比呂美母の実像や確執は、視聴者の想像になっています。 今後に明かされるかもしれませんが。 このSSを描いたのも、伏線や不足を補えればいいという衝動です。 他の方々からみれば、突っ込みどころが満載になっているでしょうし、 本編が放映されれば、大きく筋がずれているかもしれません。 それでも放映前の余興になればと思っています。 このSSには比呂美スレで出て来たのを拾いつつも、私自身の解釈を多分に含んでいます。 この場を借りまして多大な感謝を述べさせていただきます。 それでは後編を続けてゆこうと思います。 ご精読ありがとうございました。 前作 true tears SS第一弾 踊り場の若人衆 ttp //www.katsakuri.sakura.ne.jp/src/up30957.txt.html true tears SS第二弾 乃絵、襲来 「やっちゃった……」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4171.txt.html true tears SS第三弾 純の真心の想像力 比呂美逃避行前編 「あんた、愛されているぜ、かなり」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4286.txt.html true tears SS第四弾 眞一郎母の戸惑い 比呂美逃避行後編 「私なら十日あれば充分」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4308.txt.html true tears SS第五弾 眞一郎父の愛娘 比呂美逃避行番外編 「それ、俺だけがやらねばならないのか?」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4336.txt.html true tears SS第六弾 比呂美の眞一郎部屋訪問 「私がそうしたいだけだから」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4366.txt.html true tears SS第七弾 比呂美の停学 前編 仲上家 「俺も決めたから」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4403.txt.html true tears SS第八弾 比呂美の停学 中編 眞一郎帰宅 「それ以上は言わないで」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4428.txt.html true tears SS第十弾 比呂美の停学 後後編 眞一郎とのすれ違い 「全部ちゃんとするから」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4464.txt.html true tears SS第十一弾 ふたりの竹林の先には 「やっと見つけてくれたね」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4523.txt.html true tears SS第十二弾 明るい場所に 「まずはメガネの話をしよう」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4585.txt.html
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true tears SS第二十八弾 過去と、現在と、将来と 4 憧れの女性 踊り場に差し入れを運ぶために仲上家へ訪れる理恵子。 いつも微笑みを絶やさない静流が出迎えてくれる。 博にとっては都合の悪いことが暴露されてしまう。 眞一郎父は博、眞一郎母は理恵子、比呂美父は貫太郎、比呂美母は千草。 今回から過去と現在が交互になります。 前作の続きです。 true tears SS第二十七弾 過去と、現在と、将来と 3 親離れ子離れ http //www39.atwiki.jp/true_tears/pages/358.html true tears SS第二十五弾 過去と、現在と、将来と 1 恋人握り http //www39.atwiki.jp/true_tears/pages/326.html true tears SS第二十六弾 過去と、現在と、将来と 2 白い結婚 http //www39.atwiki.jp/true_tears/pages/345.html #現在 私はお盆を台所から居間に運ぶ。 おばさんはおじさんと自分のコーヒーカップとシュガーポットとミルクを受け取る。私は眞 一郎くんと自分のを机に置く。 誰もが無言でコーヒーを味わう。濃厚な香りを楽しみながら、眞一郎くんとの暫定的な結婚 の承諾を得られたのを振り返る。交際してから一日が経過していないのにだ。 「どこから話を聞きたいのだ?」 おじさんは眞一郎くんと私とを見比べた。 「おじさんとおばさんの用事に合わせます」 ふたりには私たちが知らない役目があるだろう。 「俺のほうは大丈夫だ。祭りで酒が売れたから、蔵の掃除を弟子にさせている。それが終わっ たら座学として資料や参考書を読ませるようにしてある」 おじさんはあの酒蔵の少年に実務経験をさらに積ませようとしているようだ。眞一郎くんが 絵本作家をめざすわけだし、学業があるからだ。 進路を具体的に決めたり、話し合ったりするまで、私のを含めてできていない。その前に眞 一郎くんの絵本が出版社から電話をもらえるほどであるのを、私が知ったのは昨晩だ。 「私のほうは夕食の準備だけよ。比呂美がいるし手軽に作れるものにすればいいわね」 おばさんは事前に有り合わせができるようにしているのだろう。冷蔵庫に食材が詰まってい るので、一日くらいは何とかなるはずだ。 「手伝います」 「そうしてもらうわね」 さっきみたいに話し合う機会になるだろう。 「奉納踊りのあたりから」 眞一郎くんは思案げな顔をしてから提案した。 「私もそのくらいの頃からが知りたいです」 変化の兆しがあった時期と重なりそうだ。 「私もそのほうが良いと思うわ。さっきまで私たちのときのを踏まえていたし、比呂美には聞 かせていた部分もあるし」 おばさんはおじさんに目尻を下げた視線を投げ掛けていた。 「やはりそうなるよな」 おじさんは苦笑いを浮かべていた。 「覚悟をなさったほうがいいかもね。私だって仲上家に通っていたときのを明かすし」 おばさんはおじさんの耳元で囁いて慰めていた。 「せっかくアルバムがあるわけだし、ふたりに見せながらにするか」 「そのほうがいいでしょう」 おじさんは私に、おばさんは眞一郎くんのそばに来た。アルバムは眞一郎くんと私の間に置 かれていて、息が届く距離に近づき合う。 「さて、始めますか。私の視点から語ってゆくわね」 おばさんは一息を入れてから丁寧に過去を紡いでゆく。 #過去 紅葉が終わって、雪が降り始めている時期である。肌寒く感じる季節であり、もうすぐ冬が 近づいている。雪が積もっている頃には、麦端祭りがあるのだ。 理恵子は学校から帰宅して、すぐに仲上家を訪れる。 「ごめんください」 門をくぐるときには声を掛けるようにしている。 通い慣れていても礼儀は忘れない。 「よく来てくれたね」 博の父である僚治(りょうじ)が酒蔵から出て来た。いつもながらこの時間だと挨拶をして くれる。 「こんにちは、おじさん」 理恵子は会釈をしてから作業着姿の僚治を足元から上に視線でなぞった。 「そろそろ博に奉納踊りを見てもらうように誘われたかい?」 博は少し力が込めてある眼差しだ。理恵子は急に訊かれたので、見開いてから顔を逸らす。 「まだです……」 消えるような声を洩らすのが精一杯だった。 まだ祭り当日のことまでは話題になっていない。理恵子だけでなく花形として踊る博の姿さ えも、情景が浮かばない。 何度も参加した麦端祭りは客としてであり主催者側になるのは、今回が初めてだ。理恵子は 自主的に踊り場へ行っているだけなので、立場は曖昧である。 「わざわざ来てくれているから、そう思っただけなんだ」 僚治は小さく頭を下げた。 「謝られても困ります。博くんにそういう話をなさっているのですか?」 理恵子は上目遣いで探ってみた。 「していない。静流(しずる)との馴れ初めは俺が花形のときに誘ったというのを、博に幼い 頃からずっと話してあるから。毎年、花形がどんな女の子を誘うのかは話題になっている。本 人には隠していても、誰もが興味がある」 僚治は目を細めながら理恵子に真相を明かしてあげていた。踊り場での裏話までも含めてい たのが、理恵子にとってありがたかった。 「そんなことがあるのですね。踊り場に来る女の子は他にもいるし婦人会の方々、千草……」 最後の単語がかすれそうになった。家の方向が違うので、千草は直接に踊り場へ行っている。 「千草ちゃんもいたな。かなり人気があるだろうな」 僚治は右手を顎の下に置いて想像しているようだ。 「男の人たちに囲まれています。こういう機会でないと出会えない人たちばかりですから」 理恵子は微笑もうと努めていた。 学校では同年代としか過ごせないし、異なる年代と同じ場所にいる時間は少ない。雑談がで きるようになれば、町中で会ったら挨拶を交わせるようにはなれそうだ。 「理恵子ちゃんももてるだろう。明るくてかわいらしいので、男どもはやる気を出すはずだ」 僚治は腰に手を当てて大笑いをした。応援があると人一倍の実力を発揮するのだろう。 「そう言ってもらえると嬉しいです」 頬を赤らめながらも感謝をした。 千草だけでなく理恵子も見てもらえているのがわかったから。 「できれば祭りで酒を売って欲しいほどだ。酒を買ってくれるのは男性客が多いし、高校生が バイトしてくれれば繁盛するだろう。でも若い内は思い出を作ったほうが良い。博にも何かあ ればいいのだが、俺の前でも踊るのを嫌がる愚痴をこぼしていた。帰宅せずに踊り場に行くの は、俺に会いたくないからだろう」 祭り当日の予定を立てながら、博との遣り取りを伝えた。理恵子はいつも聞かされているの で、特に気にならない。 むしろ体格の良いおじさんに博が愚痴をこぼせるのが意外だった。僚治は悪い気がしていな さそうで、息子の反抗期として受け入れていそうだ。 「私がここに来ますので。おじさんとおばさんにお会いできるし」 理恵子は後ろ手にして笑顔を向けた。 隠そうとせずに教えてくれるので、来た甲斐があるからだ。博のことを深く知れるし、理恵 子のことを受け入れてくれているのを感じる。 「博にはもったいないな。裏で理恵子ちゃんが支えてあげているのに気づいていれば良いが」 僚治は博と理恵子が一緒にいるのを幼い頃から見守っている。 千草と貫太郎を加えて四人はいつも遊んでいたからだ。広い仲上家はよく利用されていて、 集合場所にもなっていた。 「博くんに誘われても断るかもしれませんね」 唇を尖らせて抵抗した。 「まじめな男はつまらないからな。学級委員をするような静流に似たところばかりで、問題児 だった俺とは似ていないし」 白い歯を見せてにやける僚治には、昔の面影が残っていそうだ。 「博くんにはやんちゃなところがありますよ。幼いときに悪戯をするときは、博くんからでし た。冗談を言っても、つまらいときもあるけど、場を和ませようとしてくれるし」 理恵子は腰のあたりで指遊びをしながら指摘した。 博が僚治の血を継いでいる部分があるのを伝えたかったのだ。 「あいつなりにやっているようだな。長々と話してしまった。踊り場に行くと良い」 僚治が玄関に行こうとすると、理恵子は左横に並ぶ。 「静流、理恵子ちゃんが来てくれたぞ」 僚治は大声を響かせていた。しばらくして静流が姿を現す。 いつも着物姿で重箱を両手で抱えている。 「後で俺にもお茶を運んでくれ」 「はいはい」 「理恵子ちゃん、博のことをよろしく」 僚治は背を向けて右手を振って去って行った。理恵子はただ見送ることしかできない。 「僚治さんに何か言われたのかしら?」 穏やかに尋ねられると、理恵子は俯く。 なぜか幼い頃から静流の言葉には、素直に反応してしまう。 「博くんに奉納踊りを見てもらうように誘われたかどうかです。私たちはまだ祭り当日のこと まで考えていないし」 理恵子は右手で拳を作って胸元に置いて恥らう。 身体全体が熱くなり、思考は明確な結論を導けずにいる。 「私のときはもっと後だったわ。私は踊り場に来るように他の踊り手の方々に頼まれていたの。 僚治さんとは学校にいるときのように接していたわ。でも給仕はやったことがないし、知らな い方々が多かったので、僚治さんのそばにいた。いつか誘ってもらえるかもと期待はしていた けどね。ぶっきらぼうな言い方だった。問題児と学級委員の組み合わせだから、すぐに対立し て喧嘩していたわ。でもクラスをまとめ切れないときに、僚治さんが助けてくれたわ。教室を 静かにするために、物音を立ててくれて。いつもさりげなくしてくれるの、今でもね」 静流は柔らかな微笑を保ったまま理恵子のために語り聞かせていた。 他人である理恵子に踊り場での出来事と学校での遣り取りを伝えていたのだ。 「今と雰囲気が違っていて想像しにくいです」 理恵子は率直な感想を洩らした。 ふたりが喧嘩をする姿が思い浮かばなくて、つねに仲睦ましく見えているからだ。 「あれから結婚して博が産まれて仲上を継いでしまうとね」 静流は重箱を強く抱き締めた。今まで背負ってきたものを確かめるようにいとおしそうにだ。 「重箱、私が持ちます」 両手を前に出して態度でも示す。 「お願ね」 静流はすぐに応じて理恵子に渡そうとする。受け取った理恵子は重箱を丁寧に扱う。 静流に託される想いの強さを噛み締める。 「一緒に差し入れを作ってみない?」 静流は右手を口元に置いて提案してきた。理恵子は息を呑んでしまって思考が停止してしま うが、ようやく動き始める。 「私は料理なんてほとんどしたことないし、仲上家の差し入れです。私が関わって名を汚すこ とになりかねないし……」 首を左右に振って否定していても、視線を静流に戻した。 踊り場に運ばれて来るものは、その家から出されるから、家の評価にもなる。踊り手から要 求された場合もあり、良質なものばかりである。 「味付けは私がするし、一口サイズのおはぎなら一緒にできるでしょう? 泥遊びをするよう なものよ。少しくらい不揃いでも、何とかなると思うけど」 静流は右の人差し指を顎の下に当てながら考えていた。思い付いてから手を合わせて喜びを 表現する。 「それならやってみます。うまくできるか、わかりませんが」 まったく自信がなくて手元が震えてしまいそうだ。 「うまくできなくても良いのよ。そのほうが良いという男の人もいるし。きっと私のよりも売 れると思うわ。それに仲上では男は台所に入らないのよね。だから娘に料理を教えるようなこ とをしてみたかったの」 その場面を浮かべているのか頬が朱に染まっている。博が男だから、まったく機会がなかっ たので、積年の思いがあるのだろう。 「学校が休みのときならできると思います。下校してからだと時間がかかって間に合わなくな るかもしれませんから」 少しでも見栄えが良くなるように慎重にするから、時間がかなりいるだろう。 そばに静流がいるなら、さらに緊張が増してしまう。事前におむすびで練習をしておこう。 「お祭りの日には振袖を着てみない? 私ので良かったら着付けをしてあげるわ。いつも踊り 場に差し入れを運んでくれているお礼に」 静流はさらに提案を追加した。理恵子には嬉しくて賛同したくはなる。 「千草のもお願いできませんか? いつも踊り場に行っていますし」 言葉にするのが心苦しくても、声にして求めてみた。 昔から静流に頼んでみたことを、理恵子には記憶がない。わがままに思われたくないという 幼心がそうさせていたのだ。 静流は見開いてから瞼を閉じる。その仕草を見たのは理恵子にとって初めてだった。 「千草ちゃんのことを忘れていたわ。あなたたちは幼馴染として対等でいたいのかしら? 今 度、一緒に来て振袖を選びましょうね」 理恵子の意図を悟ったように優美に笑みを浮かべていた。 「お願いします」 重箱を抱えたままなので首だけを下に動かした。 「そんなことはしなくても良いのよ。もともとは私の夢を叶えているだけだし。理恵子ちゃん が届けてくれるようになったのも、好意に甘えていた。町中で会ったときに、博が花形になる のを伝えてから」 静流は右に首を傾けながら、理恵子の頭を撫でる。 花形の話を聞いてから、学校で博に話してみた。千草と昼食時に話題にしていると、博を応 援するために踊り場に通うことを決めたのだ。 後日、静流に伝えて許可をもらおうとした。博のためなので確認しておきたかったからで、 即時に了承された。静流から手ぶらにしないように、仲上家として差し入れの運び役になった。 「私も博くんのように祭りに関わってみたいので」 本心から声を発してみた。今はそれだけしかなくても、まだ祭り当日までは時間がある。 #現在 「理恵子って誰だ?」 眞一郎くんの疑問は居間の雰囲気を沈黙させたが、自分の口で破る。 「痛いよ」 おばさんが眞一郎くんの左耳を引っ張っていた。 「私しかいないでしょ」 おばさんは頬を膨らませて反発した。 「猫を被っているのかもな」 「いつもあんな感じだった。踊り場で他の大人たちと接するときも」 眞一郎くんの見解におじさんは即答で否定した。 「おばさんの写真のからあのようだと思えますよ。幼い頃から接している方々だと、態度はあ まり変わらないし」 何か出来事がなければ改める機会はないのだろう。高校生という成長期であっても、好きな 男の子の両親の前では、誰もが似たような状況にはなりそうだ。 何があっても受け入れるしかなく反論なんてなかなかできない。 「眞ちゃんが私のことをどう見ていたかよくわかったわ」 おばさんは眞一郎くんの右耳のあたりで囁いて恐怖を煽る。眞一郎くんは震えていて、夢に うなされそうだ。 「もっと明るい感じかなと思っていたんだ。お袋のほうから話し掛けるような。結婚後は向こ うから話題を振ってもらうまで控えるのはわかるが」 眞一郎くんは写真のおばさんを指差しながらだ。同年代と写っているものばかりで、大人た ちのとはないから想像しにくい。 「学校では積極的だったけどね。さすがに目上の方々には無理よ」 「でもおばさんは祭りのときの公民館で男の人たちをうまく扱っておられました。年齢なんて 関係なしに」 私が眞一郎くんを迎えにいくときに冷やかされていたときにだ。他にも酒で酔っている方々 に対しても、仲裁をしていた。私には対応できないときには、おばさんに視線を向けて助け てもらっていたのだ。 「比呂美はああいうあしらい方を覚えないといけないわよ。まずは酒造の娘としては女将さん のように毅然と振舞わないと。男の人に呑まれてはいけないわ」 かすかに呆れ顔で指摘された。 「慣れるようにします」 「あなたなりのやり方を身に付けて欲しいわね。そういう意味でも踊り場は練習になるわ。お 茶なら素面でいられるから」 おばさんは踊り場にも通っていたから、年季があるのだ、続きは踊り場での出来事だろう。 「親父も踊りたくなかったとは思わなかった。踊り場では立派に花形をこなしたとしか聞かさ れていなかったから」 眞一郎くんは話題を変えた。私も知らなかったことなので、様子を窺う。 「ああいう場所では仮に俺が失敗しても立派だったと言うさ。眞一郎のことだから比べられて いると思っていたのだろうな。俺のときとは違って、俺と眞一郎はまじめなので一致している からだ。俺の親父は踊り場をさぼるのを武勇伝のように聞かせてくれていた。だからまわりは さぼるなよとだけを言われていた。理恵子と千草がいるから、さぼろうとは考えていなかった。 親父は殴られようとも胸倉を掴まれようとも、さぼり続けていたからな。だが先輩方はお袋に 直談判をして、親父を踊り場に来るように仕向けてくれと頼んだんだ。お袋は親父の顔を見か けると、踊りを話題にしていた。最終的には一緒に下校して踊り場に通うようになったのだ。 それからはさぼろうとはせずに、親父はお袋を祭り当日も見て欲しくて誘った。そんな話を以 前から聞かされていたから、親父の前でも愚痴れた」 おじさんはゆっくりと過去を語ってくれていた。私には初めて知る内容だった。どの世代に も花形や仲上家に恋の話があるのだろう。 おじさんと眞一郎くんが似ているのはよくわかる、生真面目で不器用なところが典型的な職 人気質でありそうだ。眞一郎くんにはさぼる度胸はないだろうから、ひとりで悩んでいた。 「比べられているとは思っていた。失敗談なんてまったくなさそうだし、最初はぜんぜんうま くなれなかったし。俺が花形に選ばれたのは仲上だからだ。それしか求められていないのなら、 何とかして踊り終えることだけを考えていた」 踊り終えているので眞一郎くんは苦笑いを浮かべていた。本番まではつらい想いをしていた のだろう。私が眞一郎くんの花形を応援するのを伝えていたときに、反応が鈍かった。お父さ んだったら、腕まくりして期待させようとしていたはずだ。お母さんは両手を合わせて成功を 願っていただろう。 「眞一郎にはあまり踊りに対して想いがなかったようだ」 おじさんはぽつりと一言を洩らした。眞一郎くんと私は息を呑んだが、おばさんは目を伏せ ていた。おじさんはそんな私たちを見渡してから告げる。 「花形は人それぞれだ。せっかく踊るのだから何かがあったほうが良かった。来年は比呂美の ためには踊るようだ。今年のも石動さんのためではあったようだな。理恵子から聞かされてい るが、踊り終えてから拍手をしてくれるほどに感激してくれるなら、踊ってあげたくなるのは よくわかる。だが自分のために何かがあったほうが良かった。そもそも祭りとは今あるものを 水に流したり、今後のことを願ったりするものだ。せっかくなのだから、来年に向けて考えて おいたほうが良いだろう」 おじさんも眞一郎くんの踊り場のことを把握していた。ここまで踊りに対して想いがあるな ら、おじさんのときは眞一郎くん以上のものを背負っていたのだろう。 私はスカートの上に置いている左手を眞一郎くんの太股の上に置いてみた。眞一郎くんの支 えになり切れていなかった後悔があって、来年こそは雪辱を晴らせるように誓うためだ。眞一 郎くんは私の左手に指を絡めて恋人握りをしてくれる。 「親父とお袋のときには何があったか早く知りたくなってきた」 眞一郎くんは握る力を強くしてくる。 「まずは今年のを教えてあげる。眞一郎は受動的すぎるわ。やりようによっては能動的に捕ら えれば、現状を劇的に変えられたわ。比呂美が逃避行をせずに済むように直談判をできた。私 にはあなたたちに今まで何があったか詳しく知らないけど、花形はかなり効力があるのよ」 おばさんは優しく諭していた。過去でありながら、将来でもあるように繋がっている。 私は眞一郎くんから手を離す。眞一郎くんと私は同じ位置にはいない。 眞一郎くんを屋根の上の猫と下校中に喩えていた。でも今は私が屋根にいる。高い位置にい ても降りて来てあげてばかりではいられない。 「私と眞一郎くんとは祭りに対しての想いが違いすぎる。今年は踊り場に誘われなくて良かっ たかもしれない。きっと私は勘違いして、私の願いを叶えてくれて、すべての悩みを開放して くれたと思ってしまうから」 私は両手の指を絡めて祈りを捧げた。私のために踊ったとしても、ただ眞一郎くんが踊れな いから踊れるようになるきっかけにされるだけだったのだ。踊り場に通う間に仲が深まって距 離を縮めてくれるかもしれない。でも仲上家に居候の身である私は、地位を一気に格上げして 嫁か同程度までならねばならない。普通の高校生の恋愛をするならば内定を得てからだ。 「やはり比呂美はわかっていたようね。振袖を着て仲上家の娘としてだけ振舞うのではないこ とを。もし眞一郎と奉納踊りの後、一緒に過ごしていたら、勘違いしてもおかしくないわ」 おばさんは自分の過去とを重ねていそうなので、私は首肯した。言葉ではなく態度で女とし ての共通認識を確かめ合った。求める相手は違っても花形の男を得ようとしているのは同じだ。 「踊りに願掛けをしているようでわかりにくいな。踊り終えてからは達成感しかないし、他の 花形も似たようなものだと思うけど。それに最中は複数に考えられるほどに器用にできないよ、 俺には。あの状況の比呂美には難しいだろうけど、はっきり言ってくれれば参考になった」 眞一郎くんは抑揚のない口調をしていて、コーヒーを口に運ぶ余裕があった。 私だって何度も言おうとはしていた。石動純さんのことは何とも思っていないし、恋人を番 号でしか呼んでいない時点で気づいて欲しかった。それを指摘されれば白状ができたかもしれ ない。それに同情されて私の想いに応じてくれても、さらに私は悩むだけだ。 優しい眞一郎くんは、ただ私の要望を叶えただけだと。眞一郎くん自身の判断で私の期待を わかってもらえるまで待とうとしていたのにだ。 「踊りは本人よりもまわりのほうが多くを求めてしまうかもな。貫太郎のごとくすべてを兼ね 合わせようとしない限りは。もし眞一郎が理恵子や比呂美の要望を満たしていたのなら、花形 と仲上の両方の歴代で最高位に近い花形になっていただろう。それほどまでに難易度が高すぎ る。でも求められているというのだけは覚えてあげて欲しい。結婚の決意はあるわけだから」 おじさんまでもお父さんの名前を出していた。私の要望をどこまで把握しているのかは不可 解だ。踊りに誘われるだけでは、石動さんと同価値でしかない。それ以上があり、結婚は結果 でしかないのだ。ある意味では通過点でもあり、今後がある。 現におばさんは花形を射止めているのに悩んでいるのだから。 「そうやって結婚という体面だけしか想定していないのが気に入らないわ。結婚なんて紙切れ にしか過ぎないでしょう? 眞一郎と比呂美は一つ屋根の下にいるのと同じなのだから。今は 比呂美がアパートで暮していようともね」 おばさんは左の肘を机に付けて行儀を悪く溜め息をついた。そこまでがっかりしているのだ ろう。さっき眞一郎くんが婚姻届を市役所が受理してくれないのを言っていたのにも、同じ感 情があったのだ。結論を急ぐのは血筋かもしれないと、私は心に刻んでおく。 「結婚が紙切れなんて言うなよ」 眞一郎くんは振り返っておばさんを睨む。 「婚姻届のせいで結婚できないと言っていたのは、眞一郎でしょ。じゃあ訊くけど、もし男も 十六歳で父母の同意がいらなかったら、提出していたのかしら? 経済的な理由でしていなか ったとは思うけど」 おばさんはまったく怯まずに平然と返した。 「理恵子、結婚のことは置いておこう。お互いに解釈が違うようだし、眞一郎なりの誠意を伝 えたかったのだろう。俺は廊下にいたから、中の様子が声だけしかわからなくて、湯飲みを落 としそうになっていた。いきなりそこから話し始めるとは」 おじさんは首を右に傾けていたが、理解を示すかのように縦に下ろした。 「だって、眞一郎は私がおかえりなさいと挨拶すると、ただいまと返すけど、視点が定まって いなかった。比呂美は見据えていたのに。まるで比呂美が承諾に得に来たようだったわ」 「それは交渉前に聞かされていたな。まあ、緊張していたんだろ。顔の締まりが悪かった朝の 様子から、帰宅後に変わるのは無理かもな」 おばさんの悲哀な感想におじさんは眞一郎くんの援護をしていた。でも眞一郎くんが承諾に 得に来る姿として認めているのではなさそうだ。私は朝の様子をさっき聞かされたばかりなの で、眞一郎くんがいつ結婚を意識したのかを理解していなかった。下校中の海岸で家族になろ うというプロポーズは、後押しにはなっていたようだ。 「前提として受け入れて欲しいとしか言いようがない。踊りのことを含めて俺には認識が不足 している。四人のときのことを参考にして、考えを改めるかもしれない」 眞一郎くんは結婚の意志を取り消そうとはしなかった。 ただそれだけでも私の心を満たしてゆく。 「改めるというのではなくて、眞一郎くんなりの判断を聞かせて欲しい。私は結婚そのものだ けを望んでいるのではないから」 眞一郎くんを見つめながら、緩やかな口調で述べた。 まだ眞一郎くんからはっきりと言われていないからだ。 「眞一郎ばかりを責めるべきではないわね。いつかお母さまのようになりたいと思っていなが ら、比呂美には何もしてあげていられなかったわね」 おばさんは小さく頭を下げた。さっきの静流さんとの遣り取りで思い出されてしまったのだ ろう。さりげなくおじさんとの関係が好転するような状況を作り上げてくれていた。おはぎを 差し入れられるようになれれば、おばさんの評価はおじさんだけでなくまわりも高めてくれる。 「おばさんはお母さんのノートでも共著になっています。スーパーでお会いしたときにも、目 利きや安売りの商品を教えてくださいました。豚カツを揚げたいと言えば、仲上家で教えてく れました。仲上家にお世話になってからも、お手伝いを通してさまざまなことを学べました」 あの頃におばさんに伝わっていたかはわからない。お母さんが亡くなって日々が慌しく過ぎ ていたからだ。八歳であっても家事全般を担う私には、他人の心情まで気を回す余裕はなかっ たし、甘えてはいられなかった。でもできないことは理解していて、おばさんの好意には素直 に応じてはいた。 「八歳の女の子が買い物籠を重そうに持っていたら、助けてあげたくなるわ。商品をあまり見 ずに買い物籠に入れているとね。それに話をしてみると、貫太郎の試合が勝つように縁起を担 いで豚カツを食べさせてあげたいなんて言われると、教えてあげたくなったわ。油を扱うのは 危険だし、揚げるタイミングは実践でしか学べないわ。ついでにから揚げやエビフライも一緒 にしていたわね」 おばさんは懐かしげに微笑を掛けてくれていた。 「私にとっておばさんは憧れです。料理はまだまだ敵いませんし、私のは自己流な部分も多く てノートや料理本でしか学べていません。微妙な味付けには迷いがあって、私なりのやり方を 確立できていません」 お父さんとふたり暮らしのときには、お父さんは味について文句は言わなかった。おいしく てもどこがうまいのかまで、伝えられるほどの知識がなかった。仲上家に来てからは、余程の ことがなければ、おばさんは忠告してこなかったのだ。仲上家では全般的に薄口であるという 一言だけがあった。おばさんと一緒に台所に立つことがなく、最近になってから、おばさんの やり方である仲上の味付けを教えてもらえるようになったのだ。 「憧れていたのなら、もっと態度で示して欲しかったな。いつも暗い顔していて俯いていたし。 感激していたように見えなかった。せめて無邪気に喜んだらいいのに」 おばさんはかすかに語気を強めていた。おばさんが静流さんに向けていたのとは異なるだろ う。頬を染めることもなく反応が鈍かったのは自覚している。 「それは私がふがいないからです。もともと私がしっかりしていれば、お手数を掛けなくても 良かったし。自己嫌悪していても、幼いから隠せなかった」 私は顔を下げて過去の恥を告白した。 それと眞一郎くんの前でみじめな姿を晒しているのも同然だった。ちゃんとできていれば、 仲上家に来られなかったという矛盾もあって、考えがまとまらなかった。 おばさんはきょとんとしてから吹き出す。 「比呂美ちゃんはそんなことを思っていたのね。八歳だったんだから、もっと年相応に感情を 出せば良かったのに。そうすればもっといろいろ教えてあげられたのに。私自身のことしか考 えられなくても、親友の娘には何かをしてあげたくなったわ」 おばさんは口を尖らせて反論した。あの頃から私は変わらないといけないと思い詰めていた から、他人には理解しがたかっただろう。お父さんにも泣き言を洩らさないようにしていた。 「俺は豚カツやから揚げやエビフライが食卓に並んで喜んでいるだけだった」 眞一郎くんもあのときのことを覚えてくれていた。私が揚げたのでもおいしいと言ってくれ ていたのだ。そのときだけ私は笑顔になった。 おばさんは眉根を寄せてから、眞一郎くんの両耳を引っ張る。 「眞ちゃんがそんなことばかり言っているから、比呂美ちゃんのことがわからなくなるのよ」 「だってさ、魚や煮物が多かったから、今ならうまいと思うけど、幼い頃は肉が食べたいんだ」 眞一郎くんは痛がりながらも訴えると、おばさんはようやく離してあげた。 「比呂美は女の子だから、眞一郎とは違うようだな。貫太郎はいつも比呂美の料理を褒めてい た。最初は惣菜や冷食ばかりだったが、少しずつ自分で作るようになった。味噌汁がインスタ ントではなくなったのは喜んでいたよ。季節に応じて旬の食材を使って語るのが千草にそっく りだとな。あのノートでわからない言葉が出てくると訊いてくれるので、どこまで達成してい るかが、よくわかるとな」 おじさんは優しい眼差しで私の思考を認めてくれていた。 お父さんは私の話を遮らずにいつも聞いてくれていた。学んで得た知識を披露するのが日課 になっていたのだ。ついでにお父さんに片付けができていないのを叱っていた。 「お母さんで思い出したのですが、お母さんの着物については静流さんから提案していたとお 母さんも思っていました。本当はおばさんからだったんですね」 お母さんの日記にも静流さんからと判断しているようだった。もしおばさんからだったら、 お母さんは絶対に洩らさずに書き込んでいただろう。 お母さんの日記にはおばさんの名前がお父さんの次に出てくるからだ。 「それについては踊り場に行ってからね」 (続く) あとがき 前回は貫太郎が加持リョウジみたいに書いておきながら、博の父親を僚治にしました。独自 に名前を考えていくと良いのが浮かばなくて採用しました。職人気質でもありますが、問題児 でも、静流一筋という人物が既存の作品から捜せなかったからです。 僚治と静流、博と理恵子、眞一郎と比呂美は三者三様で似たところがあっても違いがありま す。過去を知ることで眞一郎は、最終的に踊りに対する理解を深めて欲しいものです。 一発逆転できるキーワードでもあった花形を利用はできたとは思いますが、かなり難易度が 高いようです。でも比呂美の待遇を改善するには必要になるでしょう。もう比呂美は仲上の娘 というのでは満足できないからです。 過去編ということもあり、現在と過去が交互になります。現在は比呂美視点で、過去は三人 称単一視点になり、四人の誰かの視点になってゆきます。 今回から一行の文字数四十二文字にしてみました。やはりこのほうがエディタで書き慣れて いているので、筆が進みやすいです。段落分けや空白の活用ができます。 後日談についてはアイデアがあっても、まだ書き進めていません。ドラマCDとネタが被ら なさそうなので、余裕がありますし、記述をどうするかが悩みどころです。 次回、『過去と、現在と、将来と 5 交錯する視線』 重箱を持って踊り場に行く理恵子は、着物のことを千草に伝える。 ふたりはお互いに誰かと特定せずに想い人がいるのを確認し合う。 博はいつも理恵子と一緒に踊りの休憩をしていても、千草にも視線を向ける。 後日談の次回、『自作のウェディングドレス』 比呂美はふたりの絵本のために結婚雑誌を買って来た。 部屋で眞一郎と寄り添って眺めていても、実感が湧いてこない。 眞一郎は比呂美に頼みごとをしてくる。 時系列 第十一話放送前 true tears SS第十一弾 ふたりの竹林の先には http //www39.atwiki.jp/true_tears/pages/96.html 最終話放映後の第十一話 true tears SS第二十弾 コーヒーに想いを込めて http //www39.atwiki.jp/true_tears/pages/245.html 最終話以降の後日談 竹林の後 true tears SS第二十一弾 ブリダ・イコンとシ・チュー http //www39.atwiki.jp/true_tears/pages/275.html 初登校 true tears SS第二十二弾 雪が降らなくなる前に 前編 http //www39.atwiki.jp/true_tears/pages/287.html true tears SS第二十三弾 雪が降らなくなる前に 中編 http //www39.atwiki.jp/true_tears/pages/306.html true tears SS第二十四弾 雪が降らなくなる前に 後編 http //www39.atwiki.jp/true_tears/pages/315.html
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TRUE HEARTS TRUE HEARTS アーティスト 蒼井翔太 発売日 2014年8月6日 レーベル b-green デイリー最高順位 3位(2014年8月6日) 週間最高順位 5位(2014年8月12日) 月間最高順位 13位(2014年8月) 年間最高順位 118位(2014年) 初動売上 10649 累計売上 14062 収録内容 曲名 タイアップ 視聴 1 TRUE HEARTS 2 BURNING☆MAGIC -バニ☆マジ- ランキング 週 月日 順位 変動 週/月間枚数 累計枚数 1 8/12 5 新 10649 10649 2 8/19 15 ↓ 1942 12591 3 8/26 ↓ 586 13177 4 9/2 367 13544 2014年8月 13 新 13544 13544 5 15/5/12 215 13759 6 16/3/15 303 14062 関連CD Virginal 秘密のクチヅケ